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    <title>Ryo&apos;s Mail</title>
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    <updated>2008-08-31T08:35:21Z</updated>
    <subtitle>風花良の馬券日記</subtitle>
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    <title>2008.8.30 開幕前のビッグニュース！！</title>
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    <published>2008-08-30T08:24:38Z</published>
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    <summary>　久しぶりにサッカーの話題で少しだけ。世界最高峰のリーグ、イタリアのセリエＡは８...</summary>
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        　久しぶりにサッカーの話題で少しだけ。世界最高峰のリーグ、イタリアのセリエＡは８月３１日にいよいよ08-09シーズンが開幕する。高校野球、オリンピックが終わり、日本のプロ野球もほとんど先が見えてきてつまらない時期に、ようやく本当のプロの戦いが始まるという気分だ。そして私が応援するのは今年もＡＣミラン。昨年の５位から今年は立て直さなければならない。ところが７月にバルセロナからブラジル人のロナウジーニョを取ってしまった。その時に私の友人には「良かったね。」「これで来シーズンが楽しみだな。」とか言われたのだが、あえて言わせてもらう。全然そんなことはない。私は何てばかなことを、、、。と思っているのである。ロナウジーニが世界最高の選手だなどということはまったく間違っていて、馬鹿げていると言い続けていた私である。あれはトリッキーで勝手放題やっているバルセロナやスペインリーグだからこそ通用するのであって、イタリアのサッカーではおそらく通用しない。つまり超一流ではないといつも思っているし、私が監督なら絶対にいらない選手なのである。カカとよく比較されるが、それはカカに失礼というものである。比べられるようなレベルの選手ではない。したがってロナウジーニョが取れてよかったなんていうのは、本当の見る目がないシロウトの言うことである。それに彼は昨年からコンディションもよくない。全盛期でもいらないのに、さらに３割引くらいに見える。ちなみに私の友人Ａはバルセロナファンだが、７月に「あんなのいらないから早くそっちで持ってってくれ。」と言った。それに対して私が「こっちだっていらないさ。チェルシーに売りつけてくれ。」と冗談で言っていたのである。ところがそれを我がチームが買ってしまった。

　もう一つ言っておくとスペインリーグで活躍していた選手がミランには過去何人も入って来た。しかしその大半は期待の半分の活躍もできずに去っていった。ハビー・モレノ、ホセ・マリ、レドンド、そして今回のロナウジーニョと非常に似ているリバウド。リカルド・オリベイラもいた。ロナウジーニョがそれらの二の舞にならなければ嬉しい誤算だが、さあどうなるか。一応我がチームの選手になったからには応援してやるが、せいぜい頑張ってくれという気分である。

　さてそんな話はやめて、ミランはロナウジーニョ以外にけっこう良い選手を補強した。フラミニ、ザンブロッタ、そしてレンタルに出していたボリエッロも帰ってくる。しかしまだもの足りない、、、と思っていた今週、ビッグニュースが入ってきた。２年前にチェルシーに移籍していった元ミランのスーパースター、世界一のゴールゲッター、アンドリー・シェフチェンコが帰ってくることに決定したのである！！。チェルシーではほとんど活躍できず人生でもっとも苦しい２年間であったと思う。「最大の誤算」などと言われたが、冗談じゃない。あんな間違った起用をされて、ドログバにパスを出す役をやらされたりしては活躍できるわけがない。結局、監督の希望を無視してオーナーが勝手に取った時点で間違っていたのである。サッカーは監督に嫌われれば、どんな名選手でもひどい目にあったり、不幸なことが多い。アンドリーが可哀想だったし、見るに耐えなかったし、ファンとして悔しいかぎりであった。
　しかし悪夢は終わった。ミランのガッリアーニ副会長は「われわれは、過去５０年のクラブの歴史で最も多くのゴールを決めた選手を再び“我が家”に迎えることができた。ベルルスコーニ首相（ミランのオーナー）、私、監督、そしてサポーターの皆がアンドリーの復帰を喜んでいる。私は一ファンとして幸せだ。」とコメントした。
　
　ウクライナの大将、アンドリー・シェフチェンコが帰ってくる。カカ、セードルフ、インザーギ、ガットゥーゾ、ピルロ、マルディーニ、ネスタ、カラーゼが待っている。そして新戦力も来る。これで今シーズンは絶対に良い戦いができることだろう。本当に楽しみになった。さあ開幕である。（Ｎｏ.８９　了）
        
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    <title>2008.8.24　北京五輪、最も印象に残ったのは、、、、</title>
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    <published>2008-08-24T13:23:19Z</published>
    <updated>2008-08-26T13:32:57Z</updated>
    
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        <name>風花　良</name>
        
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        　久しぶりに日記を書いたら、ファンの方から「やっぱり今後も書いて欲しい。どんな内容でも、短くても良いので、、、、楽しみにしています。」と手紙が来た。それで今週も書いておこう。
　北京五輪が終わった。私は五輪大好き人間だから、毎日見ていた。結果は悲喜こもごもであり、メダルを取れて歓喜する選手から、まさかの１回戦負けで可哀想な選手までいろいろいた。それでも総じて日本人選手は頑張ったと思うし、期待以上にメダルも取れたと思う。まずは選手にお疲れ様と言いたい。
　前半戦は北島（選手、敬称略、以下同じ）をはじめとする競泳陣の頑張り。特に最後のメドレーリレーの銅は良かった。個人戦でただ一人予選で落ちていた自由形のアンカー佐藤が、レース後に泣いていた姿が印象的だった。柔道は連覇の３人も立派だと思うが、私はみんなから非難されながらも、ポイントを取って逃げる“自分流”で金を取った石井こそが立派だと思った。レスリングは女子、男子で併せて６個のメダル。期待どおりだが、それを実現した６選手は絶賛ものだった。フェンシングの太田もよかった。バトミントンは応援していた潮田さんが負けたのは残念だったが、さわやかだった。末綱、前田は頑張って奇跡を起こしたが、メダルに手が届かず。それでも素晴らしかった。卓球は福原も頑張ったが、平野の真剣な表情が印象的だった。ケイリンは銅を取った永井ももちろんよくやったが、それ以上に解説の中野浩一の「永井、行け、行け！！」という絶叫が競馬みたいで最高だった（笑）。ソフトボールは本当にお見事だった。陸上の４００メートルリレーの銅も感動した。私は「朝原、末続が現役の内に、陸上でメダルを取らなければ、チャンスはない。」と常々言っていたから、このメダルは嬉しかった。
　ただ期待はずれの競技や選手もいた。それを私がどうこう言える立場ではないので言わないが、本人達は残念だっただろう。もっとも野球と男子サッカーについては私の期待はずれではなかった。大会前に友人達に「野球は４位、男子サッカーは３戦全敗か１分２敗で敗退」と予想を言っていた私である。すべて予想どおりになった。その理由はいっぱいあるのだが、ここには書けないことばかり。ただ昨日、勇気丈二君と電話で話したときにはかなりその理由を話した。彼は「なるほどなあ。いい話聞けました。」と言ってくれたから、わかってくれたようだ。私の予想は正しかったと思う。

　そして今回の北京五輪で私が一番感動した人とシーンは、多分皆さんとは違うと思う。金メダル選手ではないからだ。それは銀メダルに終わった伊調姉妹の姉、伊調千春選手である。前回アテネで銀に終わった千春選手。その時、金メダルだった妹の馨選手や吉田選手、そして銅メダルだった浜口選手と共にインタビューを受けていたが、他の３人とはまったく違っていた。一瞬たりとも笑わず、にこりともせず、憮然とした表情で「まわりは銀で凄いと言ってくれていますが、金だけを目指してきたので、全然うれしくないです！！。」喜ぶどころか怒りに満ちた感じ。その後もテレビで同じことを言い続けていた。銀で全然うれしくない。その根性が素晴らしいと私は思ったのである。

　そして今回。女子４選手の中で４８Ｋ級の彼女は最初に登場。しかし２回戦から大苦戦であった。なんとか勝ちきったが、やはり妹の馨選手や吉田選手のような安定感はない。その２人の才能に対して、千春選手は圧倒的な努力でやってきたのだと思う。また左肩の靱帯は限界が近いほど悪いらしいし、左足親指はずっと骨にひびが入ったままだと聞いていた。それでもここまで戦ってきたのである。さらに苦しい戦いは続く。準々決勝の相手は前回アテネの決勝で負けたメルレニ。試合は大苦戦でずっとリードされていた。あと１０秒、絶体絶命。それを残り５秒のところで投げ飛ばし大逆転した。これには本当に感動した。準決勝も苦戦が続いたが、そこも根性で頑張った。そうして決勝まで行った千春選手。しかし決勝では相手も強かったし、燃え尽きるように負けてしまった、、、、。
　私は彼女がまた「全然うれしくないです。」と言うのかと思うと、とてもやるせなく思った。本当によくやったではないか。五輪で２大会連続銀メダルなんてものすごいことではないか。今回の決勝までの全試合も素晴らしかったではないか。どうか胸を張ってほしい。現地まで行ってそう言ってあげたい気分だった。
　
　ところがその後がうれしい誤算だった。千春選手は表彰台で、前回の憮然とした表情とはまったく違う、笑顔を見せたのだ！銀メダルを高々と上げての笑顔。アナウンサーが「銀メダルが金色に輝いてみえます！。」と言ったが、本当にそのとおりだった。そして試合後のインタビューで千春選手は「馨と一緒に歩んできた道というのは最高の道だったから、その道を歩んで来れたことが、私の誇りです。だからこのメダルも金メダルだと。今まで頑張って来れた自分に感謝したいです。」と言った。これが今回の五輪でもっとも印象的なシーンであり、もっとも感動した場面であった。（Ｎｏ.８８　了）
        
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    <title>2008.8.13 福島ツアー大成功、そしてツアーの終了</title>
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    <published>2008-08-13T06:25:24Z</published>
    <updated>2008-08-14T06:42:46Z</updated>
    
    <summary>　前回が５月だったから３ヶ月ぶりである。この間いろいろあった。まずは皆さん知って...</summary>
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        <name>風花　良</name>
        
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        　前回が５月だったから３ヶ月ぶりである。この間いろいろあった。まずは皆さん知ってのとおり「日本ダービー」の敗戦。前回の日記でも自信がないことや、ハッキリしないことを強く書いておいたが、それでも最善は尽くしたし、必死で予想したし、多額の馬券を買った私である。しかしそれらは実らなかった。言い訳はしない。今年の「日本ダービー」の結果や、それに対して私が思うことは、すべて７月１５日発売の「風花ゴールド」第１２号に書いておいたので、興味のある方はそちらを読んでいただければと思う。
　また６月初めには勇気丈二君に誘ってもらって、初めて上海に行って来た。それについても同誌に書いておいたが、実に楽しい旅であり印象に残った。また機会があれば行きたいと思う。
　そして７月には「風花・勇気と行く、福島競馬ツアー」を行った。それから１ヶ月近く経ってしまったが、今回はそのことについて書いておく。
　まずは７月１０日に私と幹事のＡとなぜかついてきたＴという男が名古屋から仙台入りした。その仙台では、名物の牛タンや初めて食べたフカヒレの寿司などを堪能し、そして７月１２日に福島の飯坂温泉に行った。ホテル「湯乃屋」さんが今年のツアーの宿。そこで毎年と同じように講演会から始まり、その後の大宴会から２次会という流れで時は過ぎて行った。
　今年も北は北海道、南は九州と全国から３０数名が集まってくれた。初参加は青森のＹＩさん、ＨＩさん、ＫＩさん、準地元山形から仲の良いＨＥさん、ＪＹさん、ＭＷさんの３人組、また東京からはＫＵさん、横浜からはＭＮさん、そして勇気君の会社のＭＳさん。あとはツアー参加２回目以上の常連の方々。中には全６回参加の猛者が２名。その内の一人、愛知県のＴＷ君が今回は幹事としていろいろやってくれたのだった。このホテルを選んで予約してくれたのも彼だった。宴会では盛り上がったし、２次会では皆さん楽しそうに競馬の検討や雑談を夜中までしてみえた。もちろん私も加わって。今年のメンバーも皆いい人ばかりでありがたかった。

　翌１３日は早朝からバスで福島競馬場に向かい、無事全員で指定席に入ることができた。これでかなりほっとした。あとは皆さんがそれぞれに競馬で頑張ったり、楽しんだりしてくれればよい。そしてスタートから皆さんは本当によく的中された。午前中から３連複の万馬券や馬連の高配当を取られた方が何人もみえた。午後もレースごとに誰かが的中させていた。
そして迎えたメイン。まず阪神の「プロキオンＳ」で毎年のように高額払戻しをされる福岡のＴＳさんが３連複で８０万余を獲得。その他のレースも併せて今年も１００万以上の払戻しをされたようだった。いつもお見事である。そして彼をマークしていた？愛知のＮＭさんも数十万。他にも的中者がいた。そしてご当地のメインは「七夕賞」。こちらはミヤビランベリ、ミストラルクルーズという人気薄同士の１、２着で、馬連２万馬券、馬単と３連複が４万馬券、そして３連単が３５万馬券というとてつもない超大穴になったのだが、北海道のＨＫさんをはじめ何人かが馬連や馬単を取り、けっこう笑顔があった。そして何と鎌倉のＴＩさんが３連単を３００円持ってみえて、払戻しは１００万超え。皆の祝福に非常に嬉しそうだった。この日のレースについての私自身の予想や馬券については次号（第１３号、９月１５日発売予定）の「風花ゴールド」に書くつもりなので興味のある方はそれを見ていただきたいが、それにしても皆さんお見事だった。

　そして最終レースの終了とともにツアーも終了。今回も無事終わってほっとした。時間のある方々とは予約してあったＪＲ福島駅近くの居酒屋で打ち上げをやり、そこでもなぜか信じられないくらい盛り上がって、楽しかった。今年もまたまた大成功。幹事をつとめてくれたＴＷ君と私の終生の親友Ａよ、ご苦労様。そしてもちろん勇気丈二君、マクリー（株）社長のＯさん、常連の方々から今回初参加の方々まで、全員のおかげで成功したのである。この場を借りてお礼申し上げたい。ありがとうございました。

　さて例年のツアー後の日記ならここで終わりだが、今回はもう少し。ツアーの途中でも皆さんにお話ししたのだが、６年続けて来たこの「風花・勇気と行く○○ツアー」は今回をもって終わりにする。理由はいろいろあるのだが、一番大きなことは私自身の負担とプレッシャーが大きすぎることである。毎年、ツアー前の１ヶ月くらいは本当に大変だった。まず講演会の話について。全国から来てくれるファンの方々の為に少しでも多く、よい話、為になる話をしようと毎年頑張ったつもりである。結果は全６回すべての講演が良い内容であったと自負しているし、多くの方々に満足していただいたのではないかと思っている。しかしその裏には多くの下準備があった。講演の話を決めるのに何日もかかったし、資料作りから、さらには一人で夜中に時間配分などの練習もしたのである。まあお金をいただいてやる以上はそんなことは当然であるが、それでも他の仕事と重なるわけで、それは大変だった。そして最大の理由はプレッシャー。それは私が万が一、病気やけがで行けなかったらすべて終わってしまうという精神的重圧である。日本中から来てもらう以上それは絶対に許されない。それにもし行けたとしても体調不良では迷惑をかける。少なくとも講演会、宴会から予想までは私がちゃんとしなければこのツアーは成り立たないのである。そのプレッシャーは本当に強かった。さらにアクシデントで行けないとかも許されない。私が地元の中京以外はすべて２日か３日前までに現地かその近くまで行っていたのもそれが理由である。また昨年はツアーの約３週間前に私は内蔵の病気になった。もう少しで入院というくらいで、その時は本当に「やってしまった。」と思った。毎日病院に点滴に通って、幸いにもツアーまでにかなり治ったが、病気があと１週間遅かったらアウトだった。他にも中京の時などは個人的な問題をかかえていて、精神的にあまり良くなかった。２次会の後、夜中にずっと電話があり、実はあの時はほとんど寝ない状態で、当日の中京競馬場へ行ったのである。言わなかったが、この６年でもいろいろなことがあったのである。

　余談だが、この毎年のツアーではけっこう天候などのアクシデントもあった。最初の函館の時は宮城の地震で東北新幹線が止まり、福島のＳＳさんが講演会に間に合わなかった。２回目の小倉の時は台風が近づいていて、皆さんが全員来てくれるまで本当に不安だった。幸い台風の速度が遅くなって、競馬が終わった時はまだ小倉には来ていなくて無事ツアーは終了。しかし小倉に泊まった我々は翌日、台風直撃でホテルから出られなかった。札幌の時は当日の競馬場で雨にかなり降られた。昨年の新潟はツアーの１ヶ月前に新潟に地震があり、今年の福島もツアーの１ヶ月前に宮城県の地震。これだけあるとまるで私や幹事Ａの“日頃の行い”が悪いのかもなどと思ったりした（笑）。それでもなんとかツアーは無事に終わってきたのだった。

　話を戻して、そんなわけで私としてはこれ以上この形のツアーはやらないと決めたのである。実は３回目くらいでそう思っていたが、私は意地っ張りだから、函館、小倉、札幌の３回では終わりたくなかったのもある。最初に始めた時に、うまくいったら６場行くつもりだったから。それに阪神改装のおかげで、２年前に９月の中京でやれたのが大きかった。それであと２つ、新潟、福島をやる気になったのである。またこのまま東京、中山、京都、阪神と続けてほしいという方もみえたが、それは違うのである。このツアーの趣旨の一つは、ＪＲＡのＣＭではないが、夏の競馬で旅をしながら尚かつ競馬で思い出を作ってもらおうということでもあったのである。私ができるだけ温泉や食事や観光地にこだわったのはそれが理由でもあった。何年か後に思い出した時に、競馬だけではない何かもあってほしいと思ったのである。したがって中央４場ではやりたくないし、夏しかやりたくなかったのである。
　そしてツアー成功の陰には「Ｔｈｅ　ｗｈｏｓ　ｗｈｏ」の人達が手伝ってくれたことも大きかった。２回幹事をやってくれた蒼樹さんと今年のＴＷ君をはじめ、何人かが資料作りや買い出しや打ち上げの手伝いなどをしてくれた。もちろん先の親友Ａが小倉以降の５回、当方の幹事として手伝ってくれたことも大きい。そういった方々がいて６年、６回続いたのである。函館、小倉、札幌、中京、新潟、福島の全６回のツアーのすべての参加者に深くお礼を申し上げたい。皆さん全員のおかげで楽しい夏のツアーでした。本当にありがとうございました。

　ちなみに今年のツアーでも話したが、この形のツアーは終わりだが、これで私が皆さんとは二度と会わないという訳ではない。今後たとえば「Ｔｈｅ　ｗｈｏｓ　ｗｈｏ」の方々がツアーを企画したりしてくれれば、私は一参加者としてなら参加するかもしれない。ただ“風花と行く”とか“講演会あり”というのは終わりということである。したがって皆さんとはまた違った形で今後もお会いできる可能性は十分ある。そういっておく。

　ともかく夏のツアーは終わった。函館の打ち上げの楽しさ、小倉の時の門司の雰囲気、札幌のカニつくしの宴会、ダービー馬を間近で見た中京、新潟競馬場での絶叫、福島での皆さんの笑顔などを思い浮かべながら、当分は余韻に浸りたいと思っている。（Ｎｏ.８７　了）
        
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    <title>2008.5.22  終戦。</title>
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    <published>2008-05-21T18:43:40Z</published>
    <updated>2008-05-22T18:56:24Z</updated>
    
    <summary>   またまた日にちがあいてしまった。こういうことが続くとこの日記ももう廃止した...</summary>
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        <name>風花　良</name>
        
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           またまた日にちがあいてしまった。こういうことが続くとこの日記ももう廃止した方がいいかなとときどき思う。正直、忙しすぎて書かないことは最近では少ない。書きたくない日々だから書かないのである。しかしそれでもこの日記を楽しみにしてくれる方々がけっこういるようで「最近、日記の更新が少なくて寂しいです。」と手紙がくるのである。そこでまた考えてしまう。あまり良くない循環である。

　それでも一応まだ続けることにして、今回も書こう。まず競馬については、前回の日記に書いたとおりに進んでいると思う。やはり厳しいＧⅠ、ＪｐｎⅠが続いている。私としては「天皇賞・春」の枠、馬連、３連複、「ＮＨＫマイルＣ」の枠１７２０円とワイド３１５０円の好配当、そして「ヴィクトリアマイル」の３連単２３０００円を含む準パーフェクト的中などがあったから、まだしも最低限の仕事は出来ているとは思うが、厳しさに変わりはない。
　「日本ダービー」についてもいまだ結論がでない。そして最終的にも結論が出ないかもしれない。昨年と同じで“ダービー馬にふさわしい馬”がいないままの「日本ダービー」である。したがって今年は過去の２０数年の中で一番難しく、一番自信のない「日本ダービー」になりそうである。そう泣きをいれておく。実際考えてみてほしい。私が当て続けた平成１０年のスペシャルウィークからアドマイヤベガ、ジャングルポケット、アグネスフライト、タニノギムレットの５年間と、平成１５年以降のネオユニヴァース、キングカメハメハ、ディープインパクト、メイショウサムソン、ウオッカの５年間を比べれば、ディープを除けば、過去の５年に比べて最近の５年は次元の違う難しさである。そして今年はさらに難しい。これが何を意味するか。それを考えてみてほしい。ともかく今年も最善を尽くすが、的中の約束はまったくできないし、勝負も小さくしか出来ないレースとなりそうである。それはここで宣言しておく。責任とれないし、自信もありません。不的中の可能性も十分ある。それでも良いという人だけ当日の予想を参考にしてほしい。

　ともかく最近の私は、まったく何事もうまくいっていないのである。したがって「ダービー」にかけるテンションもあがらない今日この頃である。それが当日までに少しはあがるといいとは思うが、多分変わらないであろう。メンバー的にも、背景的にも、そして自分のおかれた状況からも、厳しい「ダービー」となるだろう。
　思うに最近の私は、なぜか大きな負のエネルギーにやられているようだ。具体的にはここでは言えないが、そんなことが多いのである。したがってこれは過渡期なのかもしれない。今後の仕事や生活や環境は今年と来年では大きく変わると感じている。どう変わるかはわからないが、少しでもよい方に変われるように、考えていきたいとは思う。

　さてここからはサッカーの話なので、興味のない方は読まれないように。けっして良い話ではないし、、、。私の応援していたＡＣミランは今年、最悪のシーズンをおくり、それは先週の日曜に終わった。結果は５位。２０チーム中の５位だから知らない人には「ちょっと悪かった。」くらいに見えるがそれは違うのである。４位ならＯＫ、しかし５位は最悪。なぜなら来シーズンのヨーロッパチャンピオンズリーグに出られるのは４位までなのだから。その意味の大きさをわかる日本人は非常に少ないだろうが、イタリア人なら誰でも知っている。それが天と地ほどの差があることを。チャンピオンズリーグに出られないということは、実際にそれだけではない。チームの財政面のマイナス、そしてそれ以上に来期の補強に大きく影響する。ヨーロッパの名選手や名監督は誰でもまず“チャンピオンズリーグに出られるチーム”でやりたいのである。したがって来シーズンのミランにはそういった選手や監督が来たくないチームになってしまったのである。ただでさえ今期のリーグ戦やチャンピオンズリーグでの不甲斐ない戦いぶりから大幅な補強が必要なのに、このマイナスははかりしれない。
　それを知っていたから、私は特にこの３ヶ月くらい毎週、かなり真剣に応援したし、気をもみ続けた。今年は出遅れて１３位くらいからスタートし、２月に６位くらいまできたが、その後もミランは低迷を続けてきた。絶望的な戦いが続いた中、それでも何とかラスト３週前に４位にあがったのである。しかし２週前のナポリ戦で負けてすべては終わってしまった。最終日に勝ったから、相手の４位のフィオレンティーナが引き分け以下なら大逆転だったが、そうはならなかった。そして終戦。応援した私の今シーズンも終戦。最悪の結果とともに。

　もちろん今シーズンもよくやった選手もいる。ネスタ、マルディーニ、カラーゼのディフェンス陣は相変わらず最高だったし、インザーギはラスト数週間、得点を取り続けた。新人のパトもよくやった。ただ主力のカカ、セードルフなどは過密日程などで疲れ果てていた。ガットゥーゾ、ピルロも昨年ほどは働けなかった。しかし彼らのせいではない。あえて個人的意見を言えば、Ａ級戦犯は太ってまったく働かないまま、故障で消えていったロナウドと、偉そうなことを言っておいて今シーズンも能力の低さを見せつけたジラルディーノ、そしてそんなやつらに期待をかけすぎた首脳陣。これに尽きる。しかし終わってしまった今、何を言ってもあとのまつりである。
  余談だが、今期のチャンピオンズリーグの決勝も昨日終わった。チェルシーを応援していたが、最後の最後でキャプテンのテリーがＰＫをはずしての逆転負け。今の私は応援したチームがすべて負けるようである。このチャンピオンズリーグの決勝もモスクワまで見に行こうかと思ったりもしたのである。しかし行かなかった。最近は旅行も行けてない。行こうと思っても何となく気がのらなかったり、誰も一緒に行ってくれなかったり、、、本当に毎日が目標もやり甲斐も張り合いもない最近である。一言で言えば“むなしい”日が多い。

　以上、今回は野村監督ばりの“ぼやきと愚痴オンパレード”の日記である。本音であるから仕方ない。そんな毎日の中での「オークス」「ダービー」突入である。（Ｎｏ.８６　了）

ＰＳ、今年のツアーが福島に決まりました。詳しくはトップページでご覧ください。函館、小倉、札幌、中京、新潟ときて今年の福島。それについて私自身、考えるところがあります。是非ご参加ください。風花良
        
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    <title>2008.3.19　北斎展、「神奈川沖浪裏」と“赤富士”“黒富士”</title>
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    <published>2008-03-19T10:26:19Z</published>
    <updated>2008-03-19T10:38:38Z</updated>
    
    <summary>　お久しぶりである。２月はまたいろいろなことがあったのだが、思い出したくないこと...</summary>
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        　お久しぶりである。２月はまたいろいろなことがあったのだが、思い出したくないこともいくつかあるので（笑）、省略。ただ２月下旬から３月にかけての良いサインはあった。しかしそれについても書かない。なぜならまだ使える可能性があるから。私のダイヤルＱ２と携帯会員の方々は知ってみえると思うが、ひょっとしたらまだ１、２回使えるかもしれない。ただしそろそろ終わり頃でもある。大勝負は避けてほしい。結果論から言えば、先週の「中山牝馬Ｓ」のヤマニンメルベイユが勝負であった。この単複で勝負すべきであったが、私も弱気になってできなかった。ただＱ２、携帯共にこのサインは言っておいたので、ひょっとしたら日本中で何人かはこれを買われたかもしれない。そうであれば良いことである。このサインについては、５月１５日発売の「風花ゴールド」第１１号に書く予定にしておく。

　さらに少し競馬の話題に触れておくと、先週は内田浩一騎手が引退した。普通なら２月末で引退すべきなのに、なぜかこんな変な時期に引退。最近は騎手の引退はこのようなケースばかりである。やはり私がいわゆる“サヨナラ爆弾”を強調しすぎたのがいけなかったのか、それとも他の事情があるのかはわからない。しかし残念ではある。たとえ勝っても負けても、昔のように２月末日で辞めていってほしいと思うのである。
　今回の内田浩一騎手のラスト週の騎乗は、３月１６日の日曜の阪神５レースの一鞍のみであった。かつてメジロマックイーンで「菊花賞」を勝たせてもらった池江泰郎厩舎の馬で、それも１番人気の馬。以前なら絶対に“買い”のサヨナラ爆弾である。しかし今回私はダイヤルＱ２でもこの馬について言わなかったし、友人達にも言わなかった。そして自分でも買わなかった。「おそらく消えるであろう。」と思っていたのである。それは少しの理由と勘であった。しかしこの勘は正しいはずだと。
　レースは、この内田騎手のケイアイフェラーリは果敢に２番手で先行した。しかし直線で追われながらもまったく伸びず。だらだらと抜かれての６着敗退。結果は予想どおりだった。しかし見ていてなぜか寂しさも感じた。これからはこういう引退がますます増えるのかもしれない。したがって引退騎手や調教師の馬券を買うときは慎重にと言っておく。それでこの話は終わりにする。　

　また３歳クラシック路線では、多くのＪｐｎⅢやＪｐｎⅡが終わり、「桜花賞」「皐月賞」に向けて有力馬が名乗りをあげている訳だが、今年は牝馬も牡馬もこの２０年で一番と言っていいくらいの大混戦にしてある。いや失言（笑）、大混戦になっている。したがってとりあえず春のクラシック４戦は非常に難解なレースになるであろう。そう予言しておく。ダービー馬についてもまったく解っていない。普通なら難しい年でも、この時期なら５頭くらいには絞れるのだが、それもできない。該当馬が見あたらないのである。今後は「皐月賞」や「ＮＨＫマイルカップ」の結果分析の後、別路線組の可能性まで考えて、５月末まで悩まされるであろう。何とかこれだけはと思っているが、少なくとも「桜花賞」や「皐月賞」はよほど慎重に対応を考えなければならないと思う。皆さんも４月になると春のＧⅠ、ＪｐｎⅠの開幕で気分は浮かれるかもしれないが、くれぐれも最初から大勝負して大敗などしないようにと言っておく。それほど難しいレースになるだろう。昨年もそんなことを言っていた私だが、これは本音である。聞き流してもらってもよいが、風花からの忠告だととってくれればと思う。以上で競馬の話は終わり。

　さて先週の平日、私は名古屋の名古屋市美術館で行われていた「北斎展」に行ってきた。これはかの有名な葛飾北斎の肉筆画の多くをフランスとオランダの美術館から借り受けての展覧会。そしてそれらにプラスして昔からの有名な作品も東京や山口県（萩美術館のものが多い）から借り受けて展示してあった。作品数は全部で２００点以上。思っていたよりはるかに大きい規模の展覧会であり、平日にもかかわらずかなりの人出であった。

　北斎といえば「富獄三十六景」に代表される風景画が有名だが、これはもちろん版画。しかし実際には肉筆画も多く、今回は彼と交流があったオランダ人シーボルトがオランダに持ち帰ったものが多く展示されていた。それは人物画、風俗画から武具を描いたものまでいろいろあったのである。今回はそれらを何十点も見られてよかった。また絵本や挿絵画も多かった。そして興味深かったのはなぜか妖怪を描いたものがいくつかあったことだ。グロテスクな描写などもけっこうあったのである。しかし見ているうちに何となく納得してきた。これらの作品も含めての“北斎画”が何となく理解できるのである。その全てが力強く、見事な筆致であった。

　そして最後にかの有名な「富獄三十六景」をしっかりと見た。たしか私がまだ子供の頃に、一度名古屋のデパートで展覧会があり、実物を見たことはあった。しかしそれから数十年が経って、今こうしてみるとやはり違った。実物を見た人は知っていると思うが、実際はかなり小さい。しかし圧倒的な迫力を感じるし、美しいのである。自分が知っている作品はとくに興味深かった。「隅田川関屋の里」「甲州石班沢」「甲州三島越」「東海道程ヶ谷」「甲州三坂水面」「尾州不二見原」、これらは私が子供の頃に集めていた切手の“国際文通週間シリーズ”にあったもの。その実物をじかに見られて感激した。そしてかの有名な通称“大浪”こと「神奈川沖浪裏」。日本人なら誰もが知っている名画だが、実物を見た人は少ないと思う。これはやはり最高であり、日本が誇る“日本美術史上最高の名画”だと私は思う。素晴らしいなどという一言ではまったく足りない。言葉などいらないものである。ちなみに私はこれを「おきなみうら！」と小学校の頃から呼んでいたので“大浪”という通称があることは最近まで知らなかった。
　またもう一つ有名なのはもちろん“赤富士”こと「凱風快晴」。これも小学校の頃から知っていた。子供ながらに漢字で書けた。今回もその美しさはやはり素晴らしかった。そしてもう一つ密かに好きだったのはこの“赤富士”に対抗して“黒富士”と呼ばれている作品。こちらはご存知ない方が多いと思う。正式名は「山下白雨」。これがシンプルながら味わい深くて好きなのである。これも今回は展示されていて見ることができた。神秘的な富士であり、赤富士と対照的であり、静かな美しさを感じた。

　最後にもう一度「神奈川沖浪裏」を見て、美術館をあとにした。たまにはこうした芸術に触れるのもよいものである。仕事ばかり、飲み食いばかり、競馬ばかりでは疲れてしまうし、つまらないではないか。こういう時間も人生には必要であることを再認識した。それにしてもやはり北斎は素晴らしかった。そしていつかは、もう一人好きだった安藤広重（最近では多くの場合、歌川広重と書かれているが、私が子供の頃は安藤だった。）の「東海道五十三次」も見たいなと思った帰り道である。（Ｎｏ.８５　了）風花良
        
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    <title>2008.1.30 平成20年、万馬券続々的中とグアムの年越し</title>
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    <published>2008-01-30T06:48:15Z</published>
    <updated>2008-02-06T07:12:50Z</updated>
    
    <summary>　今年最初の日記である。平成20年、2008年である。新年の挨拶の時期ではなくな...</summary>
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        　今年最初の日記である。平成20年、2008年である。新年の挨拶の時期ではなくなってしまったが、皆さん本年もどうぞよろしくお願い申し上げます　　風花良

　さてまずはいくつかのお知らせから。最近一番多いのが「今年春の新刊単行本はいつ頃発売ですか？」というもの。そのお返事は「今年の春は新刊単行本の発売はありません。」と答えなければならない。この春は本を書かなかった。もちろん出版社の担当者さんは「前著の売れ行きも好調です。次回も是非！」と言ってくれたのだが、日程的に春に出すには11月頃の会議に通らなければ無理で、その時期に私はかなり忙しかったし、体調も精神的にも調子はよくなかったのでお断りしたのだった。もし引き受けていれば、この１月が地獄だったと思うし、苦手な寒い時期でもあり無理だったような気がする。もっとも今までも“無理をして”書いてきたのであるが。ともかくお断りして良かった今は思う。
　ただ今度は今年秋にどうするかをまた決めなければならない。10月に出すのであれば４月か遅くとも５月には決めて、書き始めなければ無理であろう。迷っているが、今の気持ちは秋も休養の方にやや傾いていると言っておこう。それが無くても「風花ゴールド」を２ヶ月に１冊は書かねばならないし、他の仕事もあるのである。ただ一応秋は未定にしておく。
　いずれにせよこの春の新刊単行本はない。期待してくれていたファンの皆さんには申し訳ないが、ここで報告しておきます。

　次に現在、携帯予想の会員様の中で、２４日間会員の方々には私の直筆サイン入り単行本を１冊ずつプレゼントさせていただいている。昨年の１２月１日以降に、２３０００円の振り込みをされた方は、全員に権利があるので申し込んでいただきたい。（抽選ではなく全員もらえます）方法は伝言板のページにあるので該当する方はご応募いただきたい。ただハガキを送るだけなので簡単。また正確な振り込み日がわからない方は「12月中旬頃とか１月の第３週頃」とか書いていただいてもＯＫ。私の会社で調べるので問題ありません。これもせっかくの機会なので該当者は是非お送りください。

　また「風花ゴールド」誌が今月から隔月刊となり、奇数月の15日発売となったのは既に皆さん知ってのとおりと思う。１月15日には第９号を発売したわけだが、その中に「有馬記念」における“マツリダゴッホ激走の真実！？”と題して大切な話を書いておいた。それが読者の皆さんには好評で、「間違いなく真実だと思います。」「まったく思いもよらなかったです。」「こんな価値のある話を書いてもらえるとは思いませんでした。」などなど、何通かのお手紙をいただいている。皆さんわかってくれたようである。私としても大切な話を書いた甲斐があったというものだ。これは新刊単行本の執筆がなかったからこそ書いた話。そんな訳で当分は単行本がない分は「風花ゴールド」に力を入れていくので、楽しみにしてほしい。そして定期購読していない人もたとえばＧⅠシーズンだけでも、あるいはこの第９号だけでも買っていただく価値はあると思うので、よろしくお願いしたい。購読方法やバックナンバーの申し込みはトップページを参照してください。ちなみにバックナンバーの内、昨年11月15日に発売した第７号の在庫があとわずかである（他はやや余裕あり）。欲しい方はお早めにお願いします。

　お知らせは以上である。次は予想について。あの悪夢のような「有馬記念」の後にリフレッシュできたのが良かったのか（どうやってリフレッシュしたかは後述）、今年に入ってから私の予想は絶好調を続けている。もちろん携帯予想、Ｑ２予想の話。この１月は世間一般的には「難しい」「取りづらい」馬券ばかりであったはずである。テレビの解説者、特にグリーンチャンネルなどは毎週そう言っていた。しかし私には毎週枠順が読めた。もちろん全レースとはいかないが、いつも「そこそこ当たるはず。」とか「予想の方向性は正しいはず。」といった手応えがあった。以下、１月に予想した全レースを振り返ってみよう。
《平成20年１月の全予想結果》
１月５日　中山１日目　京都１日目
中山の「中山金杯」は不的中。京都の「京都金杯」は枠連８２０円、馬連９７０円、ワイド４００円の的中。
１月６日　中山２日目　京都２日目
中山の「初富士Ｓ」は不的中。京都の「門松Ｓ」は枠連１０５０円の的中。ここまでは普通というかそれほど良くはなかった。しかし快進撃はこの後である。
１月12日　中山３日目　京都３日目
中山の「ジャニュアリーＳ」６番人気のアントニオマグナムを１番手、10番人気のノーザンキッズを５番手に入れて、ワイド４２１０円的中。京都の「寿Ｓ」は８番人気の人気薄馬ワンダースティーヴを１番手の軸馬にして、それが１着で単勝２３５０円、複勝７４０円。予想はワイド２６５０円と３連複４５９８０円の４万馬券が大的中。
１月13日　中山４日目　京都４日目
中山の「ガーネットＳ」は枠連６７０円、ワイド９７０円の的中。京都の「シンザン記念」は私の２番手と４番手で決まったが、組み合わせが悪くて不的中。この日は残念。しかし、、、、
１月19日　中山５日目　京都５日目
中山の「ニューイヤーＳ」は私の１番手のマルカシェンクが楽勝の１着。そして２着が５番手、さらに３着は２番手に入れた馬。枠連８５０円、馬連９３０円、ワイド２つ４２０円と１９６０円、馬単１６３０円、３連複１１２３０円の２週続けて万馬券的中。とにかく９番人気のゴールドアグリの２番手（３着）が良い予想だったと自負している。京都の「淀短距離Ｓ」は不的中。軸馬は２着だったが、これは難しかった。しかし中山の準パーフェクト（３連単のみ不的中）で気分は最高。
１月20日　中山６日目　京都６日目
中山の「京成杯」は私の２番手のマイネルチャールズが１着し、12番人気の無印ながら５番手に大抜擢したベンチャーナインが激走の２着。ワイド２８００円と３連複１２８００円のまたしても万馬券的中。さらに京都の「日経新春杯」も枠連３５０円、馬連１７５０円、ワイド５７０円を難なく的中。
１月26日　中山７日目　京都７日目
中山の「アレキサンドライトＳ」は私の１番手のブラックランナーが予想通りの１着。そして２着は10番人気の人気薄スプリングヘッドだったが、私はそれも見破ってしっかりと４番手に入れておいたのである。３着が３番手のパピヨンシチー。枠連１３９０円、馬連３６１０円、ワイド２つ１３００円と２７０円、馬単５９８０円、３連複３４５０円、そして３連単は２１８８０円のまたまたの２万馬券的中であった。京都の「伏見Ｓ」は不的中だったが、それを補ってあまりある中山のパーフェクト的中だった。
１月２８日　中山８日目　京都８日目
ついに最終日である。まず中山の「アメリカＪＣＣ」。私の本命は素人に大人気のドリームパスポートなどであるはずがなく、当然のエアシェイディ。これが予想通りの１着。２着は人気薄だが６番手に押さえたトウショウナイト。３着も４番手に入れたブラックアルタイル。結果はワイド１１２０円と３連複２４４２０円のここでも２万馬券的中。
　そして何と言っても狙っていたのが京都の「平安Ｓ」である。私のファンなら誰でも知っている？昨年、２７万の大万馬券を含むパーフェクト的中させたレースである。そして私は今年もここをなんとしても取りたかった。１週前のＱ２平日版を聞かれた方は、私が「なんとか昨年に続いてこのレースを的中させたいです！！」と話したのを聞かれたはずである。けっして終わってから言っているのではないのである。今年も難解な「平安Ｓ」だったが時間をかけて必死で解読した。
　その結果は枠連５７０円、馬連３３２０円、ワイド１１００円、馬単８６３０円、３連複６８３０円、そして３連単６０１００円の６万馬券を含むスーパーパーフェクト的中だった。なんといっても人気薄のクワイエットデイを２番手にしたことが実力であると、少し自慢しておこう。昨年ほどではなくても十分な高配当であり、日本中の多くの方々が取ってくれていると思う。（現に的中報告も続々と届いています。）このレースの連覇を狙ったメイショウトウコンは２着。連覇したのはトウコンではなく私の方だった。

　以上、まるで狂い咲きのような、信じられない大的中続きのこの１ヶ月の成績だった。今後もやってくれと言われても無理であろう。これだけ読める枠順が続くことはほとんどないし、あってもこれだけの高配当にはなってくれまい。これは競馬の神様からのプレゼントであったと思っている。そして私としては、「有馬記念」の惨敗後も信じてついて来てくれた方々への恩返しができたことを本当に嬉しく思っている。ちなみにこの内のいくつかを「予想の公開」のページに近々載せておくので、興味のある方は見て欲しい。
　ただし「しまった。乗り遅れた。でも今からならまだ間に合うかも。風花は今後もこのペースで当ててくれるかも、、、、」などと思われませんように（笑）。Ｑ２を利用したり携帯会員に入ってもらうのは嬉しいが、過度の期待にはそうそう応えられないと思う。だってこのまま当たり続けたら、それこそ蔵が立ち続けるではないか。そうはいくまい。やはり１月に入ってくれていた人が運が良かったのだと思っている。もちろん２月、３月も全力を尽くす。それは約束するが、枠順的にはそろそろ難解なそれに変わり頃でもあると言っておこう。以上で平成20年新春の“万馬券続々的中物語”（笑）は終わります。

　さて最後の話。時間は前後するが、昨年末から正月にかけてグアムに行って来た。「有馬記念」の２日後、どうにもやりきれずにぶらりと入った旅行会社で「今からでも行ける外国あります？」というやりとりから、運良くグアムの格安航空券を入手。さらにインターネットで自分でホテルを探し、これも何とグアムマリオットのエグゼクティブルームを定価以下で入手。皆さんも知っていると思うが、本来ならこの時期の同様のツアーの値段はべらぼうに高い。それを上手く個別に取ったことで、その半額以下で行けることになった。そうして３日後には飛んで行った。

　グアムには正月をまたいで５日いたのだが、目一杯遊び尽くした。最初は有馬の負け気分が抜けず、やけになって遊んでいる気分がしたが、それも１日目だけ。30度を超える気候の中で毎日、海かプールにいれば、そんなことはすぐに忘れるのだった。いろいろなアクティビティもやった。まずハワイと同じようなセスナ機の体験操縦に行った。これはハワイほどではなかったが、それなりに楽しんだ。実弾射撃は２回やったが、今回は初めてショットガンやデザートイーグルも撃った。ドッグレースにも行った（これについては「風花ゴールド」の３月発売号に書く予定）。ジャングル探検にも行った。カヤックもやった。そして一番楽しかったのが、この年になって初めてやったウインドサーフィン。まず外人のインストラクターに４０分説明してもらった。その後プールで練習のはずが、いきなり海へゴーだった。そしてなんとか最初から立てた私。さらに何度目かに立った時には風に乗って数十メートルをあっという間に行ったりした。これにはびっくりして少し怖かったのだが、気分は最高だった。風花、風に乗る！という感じ（笑）。すでに夕方だったのでずっとは続けられなかったが、本当に貴重な経験になったし、忘れられない思い出になった。そしてなんだかマツリダゴッホに感謝したい気分だった。もし適当な穴馬が来ての小さな敗戦だったら、あんなにショックを受けずに日本でもやもやとした正月を迎えていたことだろう。何が幸いするかわからないものだ。もちろん前回の日記に書いたように、敗戦後に励ましてくれた人のおかげもある。そのおかげで旅行に行けたともいえる。グアムの青空を見ながらその人にも感謝していた。
　さらに新年にはプールサイドでカウントダウンをし、夜中は街で見知らぬ外人達と「Ｈａｐｐｙ　ｎｅｗ　ｙｅａｒ！」と飲み、元日は朝から少し離れた海に行き、バーベキューを食べて、椰子の実ジュースを飲んで、きれいなビーチで過ごした。私の人生初の海外での年越しは実に充実していた。グアムの人々に感謝である。

　１月の予想の絶好調の陰には、このグアムでの気分的リフレッシュと、新刊単行本の執筆に追われていなかったことが大きな要因であったことは間違いないだろう。やはり気持ち、メンタルの部分は大切なのである。そういったことを考えながら、今年も頑張って行きたいと思う。それにしても日本は寒いな。同じ１月でも違うものである。（Ｎｏ.８４　了）風花良　
        
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    <title>2007.12.27 ミラン快勝、諸悪の根元、有馬、メール、そして１年の終わり</title>
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    <published>2007-12-27T13:30:08Z</published>
    <updated>2007-12-28T13:45:09Z</updated>
    
    <summary>　今年最後の日記である。１１月末から１２月はあっという間に過ぎた。もちろんいろい...</summary>
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        　今年最後の日記である。１１月末から１２月はあっという間に過ぎた。もちろんいろいろあったのだが、あまり書く意欲がわかなかった。さらりと振り返っておこう。

　まず１１月後半に名古屋ブルーノートで杏里さんの公演を観た。それは素晴らしいものであったが、それについてはまたいつか機会があれば書きたい。良い時間を過ごしたのは確かだが、その時にいろいろと自分のことについても考えることが多かった、、、、とだけ書いておこう。

　次に１２月中旬にはサッカーのクラブワールドカップがあり、私の応援するＡＣミランがイタリアから来たので、決勝戦を観に行った。横浜での決勝では当然のように快勝してみせた我がミラン。しかし私の周りの観客はカカ以外は知らないような人ばかり。試合が始まっても静かな観戦でちっとも盛り上がらなかった。したがって私一人で、ボールを持つ選手達のフルネームや愛称などを連呼しながら応援していた。ただ後半になったら、周りの人達も私の真似をして少しずつ叫んだりするようになっておもしろかった。インザーギの２ゴール、カカ、そして大好きなネスタのゴールまで生で観られて良かった。ただし相変わらずの間違った報道もあった。正しておくと、“ＡＣミラン世界一”はこれを勝ったからではなく、６月のチャンピオンズリーグを勝った時に決まっていたこと。この大会はヨーロッパでは非常に低い価値しかない。だから毎年、ヨーロッパチャンピオンはぎりぎりに日本に来て、適当に試合をして、何度か南米に負けているのである。それはミランのライバルであるインテルのマンチーニ監督が今回も「我々がセリエＡで真剣勝負している間に、ミランは日本まで親善試合に行っている！」とコメントしたことで明らかである。ただ今回のＡＣミランは早めに来日して、ちゃんと勝ちに来たので、勝って当然であり、そのとおりになっただけである。この大会は欧州にとっては親善試合レベルなのである。だから“ボカが世界２位”も冗談じゃないし“浦和レッズ、世界３位”なんてお話にもならないのである。ミランの選手や監督が「ボカは強かった。」とか「レッズは良いチームだった。」などと言うのはいつもの社交辞令でしかない。ある選手が浦和レッズ戦の後に言った「これでまったく消耗することなく、決勝をやれる。」というのが本当のところである。ただレッズファンの為に言っておけば、中盤の３人がミラン戦後に「１点が５点、１０点の重みに感じる。」「ミランは緩急をつけて、こちらの出方をみながらやっていた。非常に大きな差を感じた。」など、良いコメントを残していた。この３人はミランが５、６０パーセントの力で最も楽な勝ち方で試合を終えようとしていた事に気づいたはずである。それに気づいたり、あらゆる面での差を感じる事ができただけでも、レッズは日本にしては良いクラブであると思う。ただしヨーロッパでは２００番にも入れないであろうし、ボカにしても２０番にも入れない。チャンピオンズリーグの２位が世界２位、ベスト４が世界の３、４位である。ともかくミランは日本にきて、良い試合を見せてくれたし、それを間近でみられて良かった。試合後イタリア人達に混じって、旗や発煙筒を持って新横浜の駅までプチパレードをした。日本には私以外にも多くのミランファンがいることもわかった。非常に寒かったが、とてもいい夜だった。

　こうしてみると、私が遊んでばかりいるように思われるかもしれないが、実は１１月から１２月で仕事を休んだのは、この時だけ。あとは１日も休まずに仕事をしていたのである。今年は忘年会や友達との飲み会でさえ、１度も行けなかった。すべては仕事の為。そしてその大半は「風花ゴールド」の為である。その原稿書きから校正、仕上げ、さらに読者投稿の選別、あとがきなどの作成。また一斉発送から、その後の毎日の注文の対応。そして一番ストレスを感じる数々のトラブル。この１ヶ月に限らず、今年は１年中ずっとそれに苦しめられた。私の周りのある人は「風花ゴールドこそ諸悪の根元。その為にほとんど時間を取られて、風花さんは何も出来なくなってしまっている。もう止めたら。」と言った。
　確かにそうである。“諸悪の根元”とは極端だが、当たっている。今月は特に郵便事情の悪さから、「着いた、着かない」のトラブルが多かった。早い人には１１日頃から送ったりしたのだが、それでもこの結果だった。もちろんそれだけではない。例えばある人はメール便で送ると「転居先不明」で返ってきた。申し込みから３日後に引っ越すはずがない。今度は郵便の配達記録郵便で送って記録番号をネットで追跡した。そうしたらそこに住んでいたようだが、不在で受け取らず。２度目の配達も同じ。以下、郵便局が不在表を入れて、取りに来てくれるように要請した。しかしそれは現在でも不届けになっている。このままいけば私の会社に戻って来ることだろう。しかし電話番号も書いてないため、こちらとしてもこれ以上追跡もしようもない。まったくどうしようもないのである。「風花ゴールド」の８～１３号とバックナンバー３号を申し込まれた東京都文京区のＫＹさん、これをみたら郵便の届く住所をお知らせください。困っております！！

　もちろんその他、トラブル続きの「風花ゴールド」であるが、既に来年の分も申し込みはかなりあり、今更止められない。今後も続けるが、来年は隔月にしたので、そのあたりでうまく調整してやっていきたい。諸悪の根元がそうでなくなるように、皆さんの協力をお願いするしかない。

　そして先週の「有馬記念」。これも今更もう何を言っても仕方がない。完敗、惨敗。私も最初は昨年の１０分の１の予定を、結局は全国の携帯会員やＱ２ファンと喜びあるいは悲しみを共有しようと昨年の３分の１くらいの金額を買ってしまった。結果は知ってのとおり。世間一般で言う大金を失った。会員さん達は知ってみえることだが、この週私は前日の「中山大障害」を軸馬１着、馬単４４７０円、３連複３５２０円などを含む準パーフェックト的中（３連単以外全部的中）。さらに「クリスマスカップ」では馬単３２８０円、３連複９５５０円、そして３連単３９７７０円の約４万馬券を含むパーフェックト的中。「ラ杯２歳Ｓ」も枠、馬を狙いの２点目で快勝と３連複の的中。さらに「有馬記念」当日の阪神メイン「ベテルギウスＳ」を３連複１４３１０円の万馬券と３連単７１１６０円の７万馬券を含む準パーフェックト的中（馬単のみ裏目）。これだけ予想で的中させながら、「有馬記念」のたった１つの負けで、金額的にも気分的にも大敗北になった。今年最後の競馬はまさに最悪の幕切れだった。皆さんの期待を裏切ってしまい、この場を借りてお詫びしたい。申し訳なかった。

　「有馬記念」の後、私はある人に会ってかなりぼやいてしまった。「今年は、本を２冊出せたこと以外は何一ついいことがなかった。まったく悪い年だった。最悪だった。」と。有馬の敗戦のショックもあったが、ある部分では正直な感想だった。ミランのＣＬ（チャンピオンズリーグ）優勝や、中日の日本一などがあって、世間一般的に言えば、楽しんでいるように見えるかもしれないが、自分の目指す楽しい毎日や目標を持った毎日にはほど遠い１年であった。イライラ、焦燥感、不本意極まりない毎日を過ごした。病院に行った回数も多かった。また仕事面でも夏のツアーは良かったが、「風花ゴールド」やダービーの敗戦などに流されたまま終わってしまった感が強い。そこへこの有馬である。ダメな１年、くだらない１年を過ごしてしまったという気持ちだった。私のそのぼやきをその人は黙って全部聞いてくれた。
　
　そして深夜にその人からメールが来た。それにはこう書いてあった。「私は真剣に聞いてあげることしかできないし、あんまりいいアドバイスができなかったかもしれないけど、今年もいい年だったと思うよ。悪い年なんてないし、生きている限りいい年です。生きられない人や障害を持った人、、、などに比べれば、ただ元気でいきていることが幸せだよ！」と。それは私の心に滲みた。まさしくそのとおりなのである。何を言っていたのだろう私は。年齢の割にはかなり辛い人生を頑張って生きてきたその人らしいメールだった。そしてその人とそのメールは私の間違いを正してくれたのだった。

　というわけで今年も終わり。１年間どうもありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。みなさん良いお年をお迎えください。（Ｎｏ８３　了）風花良　

        
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    <title>2007.11.8 中日ドラゴンズ日本一と歴代ナンバーワン</title>
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    <published>2007-11-08T13:30:08Z</published>
    <updated>2007-11-13T13:44:47Z</updated>
    
    <summary>　今回は野球の話。もちろん私の地元、中日ドラゴンズの日本一について。したがって他...</summary>
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        　今回は野球の話。もちろん私の地元、中日ドラゴンズの日本一について。したがって他球団のファンの方々は読まれずにスルーしてほしい。私のファンの方々にもいろいろな球団のファンの方がみえる訳で、もちろん多いのは巨人ファンだろうが、阪神、横浜や広島、西武や日本ハムという方もみえるし、知っている。それぞれが贔屓の球団を応援すべきだし、それで良いと思う。だから今回は中日ファンと、あるいは中立の方で興味があった方のみ読んでいただければと思う。

　さてご存知のように今年のプロ野球は中日ドラゴンズが日本一になった。これは昭和２９年以来、実に５３年ぶり。私が生まれてからは初のことであった。もちろんその間にもチャンスはあったのだが、日本シリーズではことごとく負けてきた。私が知っている過去を簡単に振り返ろう。

　まず昭和４９年。この年２０年ぶりに優勝。私は当時小学校６年生。子供であったが、この年の優勝は今までで一番名古屋が沸いたと感じている。優勝決定試合はダブルヘッダーで、テレビで見ていたのだが、星野仙（敬称略、以下の選手も同じ）の熱投と試合後のファンで埋め尽くされた中日球場が忘れられない。また中日の応援歌「燃えよ！ドラゴンズ」ができたのもこの年。歌ったのは板東英二。これがその後中日の応援歌として、歌詞を変えては続き、３３年経った今も続いている。こんなに長く愛される歌になろうとは誰も思わなかったはずである。私の家でも、父が会社帰りにこのレコードを買ってきてくれた。その時の嬉しさは今も覚えている。名古屋では何ヶ月も売り上げ一位が続き、当時売れていた郷ひろみのレコードさえも東海地区では負かしたのだからそれは凄かった。また学校でもホームルームの時間にこの曲を何度か歌った。それも教師が率先して。クラスでたった一人の巨人ファンが悔しがっていた。今だったら問題になるのかもしれない（笑）。
　しかしこの年の日本シリーズは金やん（金田正一）率いるロッテにやられた（２－４で負け）。最終の第６戦、テレビで見ていてロッテの投手の剛速球が凄くて負けを覚悟した。「パリーグには凄いピッチャーがいるな。」と思った。村田兆治だった。

　時は流れて、次に優勝したのは昭和５７年。私が大学２年の頃。喫茶店のアルバイトに明け暮れる毎日だった。シリーズもバイト先のテレビで毎日見ていた。この年は西武に２－４で負かされた。中日ファンなら忘れもしない&quot;審判石ころ事件&quot;の年。詳細は書かないが、中日ファンは誰もがこの年は審判にやられたと思ったことである。

　次の優勝は昭和６３年。第１期星野監督時代で、落合現監督などが選手でいた。しかしまたしても西武に１－４で敗れた。この年は、私はサラリーマン時代。内容は実力負けだったと感じた。当時の西武は黄金時代でとても強かった。

　その後、平成に入ると中日はなかなか勝てなくなった。Ｂクラスも何度かあり、夏までもたない年もあった。しかし平成１１年に久しぶりに優勝。シリーズの相手はダイエー。またしても１－４で負け。確かに相手は強かったが、それ以上に中日の選手はまったく実力を出せないままの敗戦だった。

　そしてあとは落合監督になった平成１６年の西武戦（３－４で負け）と昨年の日本ハム戦（１－４で負け）である。こうして振り返ると、最初の頃は当時の選手が言っていたように「リーグ戦での優勝で満足したり、燃え尽きていた。」という感じもしていたが、平成になってからは「選手が日本一を意識しすぎて、まったく実力を発揮できなかった。」というのが正しいと思う。中日の選手は昔から真面目タイプでおとなしい人が多い。野武士タイプや俺についてこいタイプがいない。数字で存在価値を示すような優等生タイプが多かったのも短期決戦である日本シリーズで勝てなかった大きな要因であろう。シリーズになるとナーバスで神経質な試合ばかり。責任感から固くなり、実力の半分も出せずに終わり。バンバンと振り回してくるダイエーや西武、日本一の重さなど考えずに楽しむばかりの日本ハムなどにやられたのはその為であろう。

　ところが今年は違った。それにはクライマックスシリーズが大きく影響している。なぜなら今年のシーズンは中日は２位なのだから。つまり２位でもクライマックスシリーズのおかげで日本シリーズに出られた訳で、このことにより「絶対に日本一にならなければいけない。」という過去にシリーズのような感じはなく「これはチャンスだ！」という雰囲気で戦えたのだと思う。さらにそのクライマックスシリーズで、阪神、巨人に全勝したのが大きかった。選手はこれで自信と勢いをつけ、それを日本シリーズにつなげた感じである。つまり今年からの新しい制度が良い方に味方した結果だった。

　それではその日本シリーズを振り返ろう。まず第１戦。これは負けたが川上が１回に取られたホームランの３点の後立ち直り、その後の２１人をパーフェックトに押さえた。負け投手にはなったが、これが実は大きなことだった。これでこのシリーズはいけると感じた選手が多かったようであり、負けても手応えはあったようだ。
　しかし私がこのシリーズで一番の勝因だと思うのは、第２戦の中田の好投である。これが一番。この勝利がなければ２連敗。昨年の二の舞だったかもしれない。私は今回の陰のＭＶＰはこの中田だと思っている。阪神、巨人に勝ったのも彼である。
　そして名古屋に戻った第３戦は、その中田と１歳違いで仲が良くて、さらに中田にだけは負けたくない朝倉が好投。これも中田効果である。ただ第３戦はこれとは別に、１２０パーセント中日が勝つ理由があった。それは今月号の「風花ゴールド」に書いておいたのでご覧ください。
　第４戦は中日らしい継投の勝利。これはもう勢いだったろう。そして第５戦。世間でも有名になった山井パーフェックトでの交代劇。これについて私ももちろん意見がある。ただしやはり世間一般人や評論家とも少し違う。今回は述べないが、今後のツアーやパーティーなどで私に会った場合は聞いてくれれば答えたい。私が交代支持派か反対派か考えてみてください。ともあれ最後を締めた岩瀬は流石過ぎる。そして何より山井が素晴らしかった。山井にはこれを機に自信を持って、一流への道を歩んでほしいと思う。
　打者ではＭＶＰを取った中村紀はもちろんよくやったが、私が選べばＭＶＰは荒木だったろう。しかし全員が頑張った勝利であることは間違いなく、全員がヒーローであり、日本一の戦士であった。おめでとう中日ドラゴンズ！５３年ぶりの日本一バンザイである。

　それでは最後に、私が選ぶ独断と偏見１００パーセントの中日の選手の各分野における歴代ナンバーワンを書いておく。こういったものは１００人が選べば１００通りの意見があるし、私は昭和４７年以降くらいの選手しか知らないから、当然その中での選択となる。それでもこの機会に書いておきたいので、自由に選んでみた。

《投手部門》　小松辰雄
　まずは投手部門、これは昭和２９年を知っている人なら杉下だろう。私の父はやはり杉下だという。また母は以前、「歴代最高のピッチャーは権藤に決まっている！」と言っていた。昭和２９年に３２勝したフォークボ－ルの杉下、新人の３６年に３５勝、翌３７年３０勝で、２年間で６５勝した権藤。共に中日の歴史に残る最高の投手である。あとは小川健太郎の名も父から聞いた。ただ私が知っているのは松本、星野仙、三沢以降。好投手は星野や松本から、都、郭、牛島、今中を経て最近の山本昌、川上まで数多いが、選ぶとすれば小松か鈴木孝政しかいない。それくらいこの２人の全盛期の球は速くて、凄かった。共に数多く試合を見ているし、けがや故障後も見ている。タカマサも大好きだったが、小松の速球の球威こそ歴代ナンバーワン。これは中日のみならず日本のプロ野球の歴史からみても、村田兆治、と並んでナンバーワンだと思っている。違うと思う人は小松の全盛期を知らないだけである。昭和６０年の最多勝、最優秀防御率、沢村賞などを取った全盛期は今の松坂やダルビッシュなど問題にならない凄いピッチャーだった。

《４番打者部門》　トーマス・マーチン
　こちらは迷った。私の父は西沢と言うし、その後なら江藤だろう。私以降なら谷沢や大島、他に外人ではモッカやゴメス、日本人ならもちろん落合や宇野から最近ではウッズ、福留まで多くの４番打者がいた。その中で選んだのはマーチン。４９年の優勝時の印象が強烈であり、多くのファンに愛された選手だった。

《救援投手部門》郭源治
　最近ではクローザーという抑えの救援投手。それも選んでみた。中日の歴史は押さえ投手の歴史と言っていいくらいに、昔から素晴らしい救援投手がいた。セーブというものが出来てから、順番に振り返ると、星野仙、鈴木孝政、小松、郭源治、牛島、与田、森田、宣、ギャラード、そして岩瀬。与田、森田は寿命の短い選手だったが、このメンバーは誰を選んでもよいくらいの素晴らしい、蒼々たるメンバーである。また前半の５人は救援だけではなく先発もやっていた選手。それぞれが素晴らしかった。しかし選ぶとすればやはり郭源治である。そのファイティングスピリットと愛すべきキャラクター。快速球とシンカー。また最近のクローザーとの決定的な違いは、最近が１イニング、あるいは２人や１人しか投げないという場合もあるのに対して、郭の時代はほとんどが７回からの３イニングを投げてのセーブ。時には６回からなんて場合もあった。つまり最近のセットアッパーの役割も１人でやっていた訳で、価値が違うのである。また郭源治にはもう一つ《最優秀ガッツポーズ賞》もあげたい。中日ファンなら誰も異存はないであろう。ちなみに名古屋には今この郭源治の経営する中華料理店がある。運がよければ本人に会える。私の友人はシンカーの握りとかを見せてもらったことがあるそうだ。愛すべき好漢、郭源治。非常に人気のあった名選手である。

《守備部門》広瀬宰
　内外野併せて、守備の最高の選手も考えてみた。私の弟は高木守道しかいないと言った。多くのオールド中日ファンは高木守道か中利夫を選ぶであろう。また最近のファンなら荒木、井端、あるいは立浪、福留、アレックスと言うだろう。あとは久慈やなども名前はあがる。しかし私はあえて広瀬（遊撃手）。昭和４９年優勝時のこの守備の名手を昔の中日球場、名古屋球場（５０年に改称）で何度もみたから、その上手さが忘れられない。弟は「広瀬か。なるほどな」と言った。ただ私の父は「正岡だ（正岡真二、昭和５０年代の遊撃手）。」と言った。

《代打部門》藤波行雄
　代打の打者では、昔なら大島。その数多い代打ホームランは忘れられない。また川又もよかった。もちろん今年の立浪も。しかしこれは絶対にゆずれない。藤波こそ歴代最高の代打だったと信じている。その１、２塁間を必ずゴロで抜いてゆく技術こそが最高の代打であり、まさに切り札だった。あとは次点で異常に勝負強かった仁村徹をあげておこう。

《外人選手部門》ウイリー・デービス
　最後は最高の助っ人、外人選手。先のマーチンや郭源治も外人といえば外人。またモッカ、ゲイリー、パウエル、ゴメス、宣、サムソンからウッズまで、素晴らしい外人選手はいっぱいいた。しかし最高と言えばやはりこの男しかいない。ウイリー・デービスである。彼はマーチンと同時期であり、４番はマーチンだったから、&quot;４番打者&quot;のところには入れなかった。しかしその能力はまったくのケタはずれだった。塁間を７歩か８歩で風のように走ると言われた（本当は９、１０歩だったらしいが、７、８歩のように見えたということ）。当時「陸上選手より早いのではないか？」とも言われた。しかし今でいう１、２番タイプではない。そのバッティングもずば抜けていた。彼は昭和５２年のシーズンが始まってから途中入団。その前は大リーグのドジャース、レンジャース、マリナーズ、パドレスでクリーンアップを打ってきた男でこの年３６歳。過去の実績は大リーグで２５６１安打、３９８盗塁。それが途中入団。４月の途中から来て、そして８月２日に外野フライを追ってフェンスに激突して骨折。そのままアメリカへ帰ってしまった。つまり年間の約半分の試合しか出ていなかった。それでいてホーンランは２５本。６３打点。シーズンすべて出ていたら、いったいどれだけ打ったかわからない。帰るときに「来年はホームランを６０本打つよ。」と言い残していった。特に凄かった記憶が２つ。１つ目は巨人戦での&quot;満塁ランニングホームラン&quot;。外野フェンス直撃の通常２塁打レベルの打球で、３人の走者がホームインで走者一掃！と誰もが思った時、打ったデービス本人が既に３塁を回っていた。巨人ナインも中日ナインも、そしてファンも何が起こったかわからない中をホームインして、そのまま巨人ベンチ前まで行って「見たか！この俺の脚を！ワオー」と雄叫び。本物の大リーガーの凄さを見せつけたのだった。あとで調べると大リーグでもランニングホームランを１０本以上打っていたという。そしてもう一つは、たまたま数試合彼の打撃の調子が落ちたとき、当時の与那嶺監督がスタメンをはずした。これに発狂して怒ったデービス。仕方なく次の試合に先発に戻したら、全４打席で３打席ホームランをかっ飛ばし、あとの１打席もポール際でファールと判定されたが、実はホームランだったらしいという一撃を打った。彼は「本気を出せばホームランでもヒットでも自由自在さ。」と言っていたという。また大差負け試合の９回の打席で、彼の次を打つ谷沢に「ここはホームランを打っても仕方ない。シングルヒットを打つから、おまえもそうしろ。」と言い残してシングルヒットを打っていったという話もある。ともかく規格外のスーパー選手だった。しかし数々の奇行などもあり、大リーグを追われてきたとも言われ、中日もそのシーズンだけで契約を打ち切ってしまった。残念だった。今のファンは知らない人も多いと思うが、中日にはそんな超スーパースターも在籍していたのである。

　以上、今回は中日ドラゴンズ満載の日記。今回だけなのでこれも良いだろう。ちなみに最高の監督は近藤貞雄さんである。（Ｎｏ８２　了）風花良
        
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    <title>2007.10.16 「秋華賞」の結果と新刊本の訂正</title>
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    <published>2007-10-16T10:34:48Z</published>
    <updated>2007-10-16T11:00:34Z</updated>
    
    <summary>　一昨日終わったばかりの「秋華賞」は半分は満足、半分は痛恨だった。満足する部分は...</summary>
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        <name>風花　良</name>
        
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        　一昨日終わったばかりの「秋華賞」は半分は満足、半分は痛恨だった。満足する部分は私が当日予想であげた５頭が、１着から５着、つまり予想に入れた馬しか走らなかったこと。いわゆる３強、ウオッカ、ダイワスカーレット、ベッラレイアだけでなく、レインダンス、ラブカーナまでが必要であって、逆にそれ以外の馬であるローブデコルテやピンクカメオ、ザレマなどはサインがほとんどなくて可能性は限りなく低かったということを読めたというのが満足ではあった。

　ただ５頭の順番が違ったので、馬単や３連単の高配当を逃してしまった。これが痛恨ではあった。私のファンの方々も残念であったことだろう。しかし馬単や３連単予想の２着欄にしっかりとレインダンスを入れておいたから、実力は示せたとは思う。もちろんそれだけに悔しいのだが。それでも枠連やワイドの低配当だけでなく３連複は当てておいた。その１３－１６－１７の３連複が４６４０円という高配当であったから、それを取ってもらった人は負けなかったかと思う。私も３連複は３連単の何倍か買ったから４６４０円は非常にありがたく、負けはなかった。

　そして的中、不的中以上に、もっとも良かったことはちゃんとした「秋華賞」であったことである。世間一般的に言えば３強で決まらなかったことで、意外な結果に見えるかもしれないが、私的には順当なすぎるほどの結果である。それはもちろん終わってから言っているのではない。それを私のファンの皆さんは知ってみえるはずである。

　とりわけレインダンスについては９月１５日に発売した「風花ゴールド」第５号で書いておいた。この原稿を書いたのは８月末。つまりそに時点で既にレインダンスは「秋華賞」で最低でも押さえには絶対に必要な馬であると考えていた私なのである。その理由もそこ（「風花ゴールド」第５号）に詳しく書いておいた。こういうのは単行本にも書けないレベルの話であるし、発売数が多くて誰でも見られた以前の全国誌「競馬ゴールド」でも書けない話である。手作りの「風花ゴールド」ならではのものだ。「風花ゴールド」の３０００円は確かに高くみえるかもしれないが、買ってくれる方々は３０００円でもけっして高くないと言ってくれる人が大半である。それだけの内容にしてあるのである。

　一方９月末に発売したＣＤにはラスト近くに「武豊の隣枠」の話を入れておいた。“あるレースに限って「武豊の隣枠」が１着がある”と。そして「秋華賞」もそのとおりになった。それを知っていながらダイワの単を頭にしなかった私も私だが、ＣＤ購入者の中にはこれで取ってもらった方がみえるかもしれない。

　あとは新刊単行本に書いた「秋華賞」の項で“７番人気馬が２着”になる可能性が出てくるはずである。レインダンスは７番人気だった。また“１３番の１着”も納得できるはず。つまり単行本の予想もほぼズバリであった。「風花ゴールド」、ＣＤ、単行本はすべて違った方向からのサインなのに、指し示した方向にダイワスカーレットとレインダンスがいたわけで、どれも貴重な話であったことがわかってもらえたと思う。そういった意味で私の予想、予言どおりであり、順当でちゃんとした「秋華賞」であったと言えるのである。結果は枠連、ワイドと３連複のみの的中であるが、方向性はすべて正しかったので、気分的には「スプリンターズＳ」に続いて連勝。この調子で以後のＧⅠ、ＪｐｎⅠも頑張りたい。

　あとは少し報告を。まずご注文の方々にはそろそろ届いているはずの「風花ゴールド」第６号（１０月１５日発売ですが１３日に一斉に郵送しました）について。「天皇賞・秋」の話の中にファストタテヤマのことが書いてあるが、残念ながらこの馬は先週引退。１０月初めに「京都大賞典」が引退レースであることを知ったが、すでに原稿は印刷所に行っていて訂正出来ず。したがってこれは使えず。ただそのサインは来年以降の為に覚えておいてほしい。またその他は良い話を書いたはずなので、今月号もしっかりと読んでおいてほしい。また読者投稿にも非常に良いものがあるので、それもしっかりと参考にしてほしいと思う。

　一方最新の単行本は既に出回っていて、今回も数々のネット書店などで競馬本売り上げ１位になったりしている。ありがたいことである。キャスト理論については難しい部分もあるとは思うが、研究次第で強力な作戦になりうるものである。またその作業は競馬ファンにとって楽しいものであると思う。つまり楽しみながら実力向上を目指せると思うので、取り組んでほしい必勝法の一つだ。私自身も大昔に数々の必勝法を試したのだが、例えばオッズや数字のみを使った作戦は本当に味気なかった。楽しみの度合いが薄いのである。それでも勝てれば良い。的中したときは我慢できる。しかし不的中の時の味気なさは最低だった。したがって私が数字関係の研究を打ち切ったのは、それも理由の一つである。あとはもちろん今の方法の方がはるかに優秀であると思っているからでもあるが。また今回の本は秋のＧⅠ、ＪｐｎⅠの作戦はかなり掘り下げて書いてある。今後の為にも保存版としていただければ幸いである。

　ただ１カ所、誤植がある。それは“あとがき”の部分。競馬に関するページではないが、私としては大切なことを書いたあとがきなので、みなさんには伝えておきたい。それは２８０ページの１５行目（後ろから３行目）である。以下のように訂正しておいてほしい。

単行本「風花良の馬券的中サイン　勝利の完全法則」　Ｐ２８０　１５行目
（誤）つまり１００人電話すれば、１０人くらいは会ってくれるというわけ
（正）つまり１００人電話すれば、１人くらいは会ってくれるというわけ

　こうしてほしい。１０人→１人へ直してほしいのである。これは最初の私の原稿の段階では“１人”であり、校正の段階でも“１人”だったはずである。しかし本になったら“１０人”に変えられていた。つまり最終段階で誰かが「１０人の間違いだろう」と判断して直したのだと思う。したがって厳密にえば誤植ではない。
　私としては「１００人電話して、話をしてくれるのが１０人。その１０人の中で会ってくれるのが１人、つまりは１００人電話して会ってくれるのが１人」ということを言いたかったのだが、編集の誰かが勘違いして勝手に直されたのだろう。不本意である。

　本を持っていない人には何の話かわからなくて申し訳ない。私のかつての仕事の話なのだが、営業マンの仕事の話としては重要なところ。１００人電話して１０人会えれば、それはたいして厳しい仕事ではない。１００人中で１人しか会えないからこそ厳しい仕事であったのだ。そのあたりを誤解されたくないのでここで訂正しておいた。

　この話、いっさい作り話のない実話であり、私の思い出の話。まだの人は是非読んでいただきたい。競馬の話と同じくらい、自分の大切な思いを書いておいたつもりである。今回の本も感想をお聞かせいただければ嬉しいことである。　（Ｎｏ．８１　了）風花良
        
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    <title>2007.9.17 郵政民営化の弊害とドラゴンフルーツ</title>
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    <published>2007-09-17T08:04:13Z</published>
    <updated>2007-09-17T08:16:07Z</updated>
    
    <summary>　ずっと忙しく働いてきたが、やっと落ち着きそうである。同時進行で行っていた仕事が...</summary>
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        　ずっと忙しく働いてきたが、やっと落ち着きそうである。同時進行で行っていた仕事が大半終わりつつある。まさにやっとである。したがってまずはそれらのお知らせから。

　まず新刊単行本はタイトルが「風花良の馬券的中サイン　勝利の完全法則」で、出版社は日本文芸社さん。定価は２４１５円（税込み）。発売予定日は１０月第１週である。今回は思ったより苦労して書いた本であり、かなり難産であったが、本になってくれれば苦労も報われるというもの。私としては通算２１冊目、単独でも２０冊目であり嬉しい区切りの本である。前回までと変わらぬご支持をよろしくお願いいたします。
　
　次にムック本が同じ日本文芸社さんから１０月初旬に出る予定。これは何人かの多くの方々が書いて見えるものだが、私も依頼されて書いておいたので単行本同様によろしく。タイトルは「馬券力」というらしいが、まだ定価などはわからない。早めに知りたい方は日本文芸社さんに問い合わせてほしい。ちなみにムック本というのは単行本と雑誌の合わさったようなもので「別冊宝島」が有名である。ああいったスタイルの本のことである。

　そして私の手作りの雑誌「風花ゴールド」は９月１５日に第５号を発売した。現在好評発売中。まだ数十冊あるが、ほしい方は早めに申し込んでほしい。特に“牝馬ＧⅠレース”については大切なことを書いておいたので、今後の為にも是非どうぞ。なお１０月１５日には次号を発売予定である。

　あとはＣＤも作製した。これは新潟ツアーの講演会で話した大切な話を再現して再録音し、さらに他の話（ＧⅠについてのこと）と「有馬記念」についてのことを追加して録音したものである。題して「秋のＧⅠ“未公開”必殺サイン講座」とした。定価は９０００円。申し込み方法は「風花ゴールド」にもあるが、このＨＰでも近々発表するのであと少しお待ちいただきたい。尚、「新潟ツアー」の参加者の方々には９０００円のところを５０００円にします。大半は聞いてもらった話なので、それでもほしいという方の為のサービスです。該当する方は申し込みの際に「新潟ツアー参加者」と書いて、５０００円を送ってください。その他の方は９０００円で申し訳ないが、その何倍も価値がある話をしているつもりなので、是非よろしくお願いします。ＣＤは既に工場に出してあり、あとは業者さんから出来てくるのを待つばかり。予定では９月２０日頃に完成のはず。したがって２５日くらいから郵送開始のつもりです。

　また昨年作った「平成１８年中京ツアー講演会」のＣＤは既に１年が過ぎたので、この際大幅にディスカウントして販売します。これも最新ＣＤの申し込みと同時に発表します。昨年手に入れられなかった方には貴重な話になると思うので「ついでに買ってもよい」という方はこれも是非よろしく。またこれに伴い、以前の旧カセットテープ（平成１５年秋のもの）と旧ＣＤ（平成１６年春のもの）の発売は終了しました。今後は発売しません。いままで多数のご購入ありがとうございました。

　以上がご報告。それぞれによろしくお願いいたします。私が７月以降から９月中旬まで、ほとんど休みを取らずに書いたもの、作ったものばかり。一応、血と汗と涙の結晶？ですので、お手にとってみてください。まあそれは冗談ですが、苦労して作ったものであることは確かです。

　さて今回の日記では郵政民営化の弊害を書く。といっても決して難しいことではない。現実に私や皆さんが関係することで損をすることになる話である。私は民営化といってもすぐには何も変わらないと思っていた。ところが実はすぐに弊害が始まるのである。それを最近知ってびっくりした。
　これを読んでいる方の中にも、「風花ゴールド」や単行本のバックナンバーを私の会社から通販で買われてみえる方がかなりいると思う。その中で現金書留ではなく、定額小為替や郵便為替で送ってくれる方がいる。もちろん私の会社がこれを受け付けているので、特に小口のものには定額小為替での注文をＯＫしてきた。そしてこの定額小為替の場合、券種は５０円、１００円、２００円、３００円、４００円、５００円、１０００円とあり、例えば３０００円の注文の場合は多くの方が１０００券を３枚買って送ってくれる。そして郵便局で買うときの発行手数料が１枚につき１０円。したがって３０００円分で３０円の手数料、つまり３０３０円で買える訳である。１００００円の場合は１０００円券が１０枚なので１０１００円であった。それを郵便で送ってもらっていた。

　ところがこの定額小為替の手数料が大幅に値上げになると耳にした。それで調べたところ、なんと１０月１日の民営化以降は、今まで１枚１０円だった発行手数料がなんと１０倍の１００円になるというのだ！！つまり３０００円の場合は３枚なので手数料は３００円！１万円の場合は１０枚で手数料はなんと１０００円！！　
　
　こんな馬鹿な値上げがあっていいのだろうか。１０倍の値上げなんて聞いたことがない。これでは場合によっては定額小為替より現金書留の方が安くなってしまう。それに５０円券や１００円券で手数料１００円とはどういうことであろう。それとも少額券は無くすのか？ともかくこれではひどい。それで私は考えた。定額小為替ではなく普通為替というものがある。これは今までが１００００円以下の金額で作ると発行手数料が１００円、１００００円以上１０万円までが２００円であった。したがって１００００円までの場合は定額小為替の方が安いので、うちの会社としても定額小為替を推奨してきたのだが、ときおり普通為替で送ってこられる方もみえて、もちろんＯＫにしていた。もしこれの手数料が据え置きなら、こちらの方が安くなる。それでどうかと思った。
　ところがこれもダメなのである。こちらの発行手数料も値上げだった。１０月１日以降は３万円以下が一律４２０円、３万円以上が一律６３０円だそうである。つまり５００円送っても手数料４２０円なのか？これで思ったことは、新会社では「定額小為替や普通為替などの面倒なことはやりたくない」ということだろう。会社が社員をリストラするために、通うのが大変な僻地の支店に転勤させるようなものであろう。そんな印象だ。まったくもってひどい話である。
　
　ましてや郵便局のホームページから探していっても、これらの値上げの数字はなかなかでてこない。つまり簡単には調べられない。私はたまたま新聞の評論で読んで知ったが、一般人は知らない人が多いと思う。こういう値上げをわかりにくくしておいて、「郵政民営化後のお知らせ」などを読むと「１０月１日以降も、通帳はそのままお使いいただけます」とかのように、皆さんにはほとんど被害はありません的な書き方に終始している。ところが隠れて？のこうした大幅値上げ。まったく腹が立つことこの上ない。

　ともかく今後は、定額小為替、普通為替はすべて高くなってしまうようだが、皆さんも最善の策を考えてみてほしい。まさか現金書留や速達、配達記録便などの値上げはすぐにはないだろうとは思うけど、今後はわからない。注意しよう。郵政民営化など関係ないと思っていた私が甘かった。これでファンの皆さんがいろいろ送っていただく時の手数料は明らかに高くなる。自分のファンに火の粉が降りかかるということは、イコール私にも降りかかっているということ。腹立たしいが現実である。一応９月中はまだ定額小為替は旧価格なので、来月や再来月に使われる予定の方は、今買っておくのは良いだろう。ただ期限があるので当社としても半年先に送られても困る。しかし年内の「風花ゴールド」は９月発行の定額小為替ならＯＫ。買いだめする方は今の内に。

　そういえば私がいつも行く郵便局で聞いたのだが、１０月以降は郵便を出す時の窓口と、受け取る方の窓口が、なんと別会社になるという。つまり今までは手紙や速達を出す時に「あっ、テイオーさん。さっき来たばかりの書留ありますよ。」などと言われていたのが、今後は別の窓口で別会社なのであり得ないということ。しかし手紙を出す方と、受け取るのが別会社なんて本当に大丈夫なのだろうか？非常に不安である。すでに最近は受け取る方の窓口が新しくなり、新しい人が前の人に聞きながら仕事を始めているが、あまり私書箱などに詳しそうではない。今までは慣れた人たちだったから、“テイオー企画あて”“風花良あて”のみならず、時には私の個人名あての郵便まで私書箱に入れてくれていたりしたが、今後は大丈夫なのだろうか？心配である。とりあえず皆さんも当分は「私書箱６号　風花良」あてのものを送る時は「私書箱６号　（有）テイオー企画　風花良」あてにしてもらったほうが確実なので、よかったらそうしてほしい。

　ともかく今後もいろいろと弊害は出てくると思うが、郵政民営化になってしまった以上は仕方ないので、我々自身で身を守っていくようにしなければならないだろう。そしてＮＴＴがいつまでたっても公務員のようなダメな対応の会社であるように、新しい郵便株式会社やゆうちょ銀行には期待しないほうがいいだろう。まだまだ書きたいことはあるが、気分が良くはならないのでこのあたりでやめよう。

　では最後にすこしだけ楽しい話題を。最近はやっと夜に時間が取れるようになったので、ビデオで録っておいた映画を１日１つずつ観ている。今回は邦画ばかりだが、その感想を。まずは「戦国自衛隊１５４９」だが、これは期待はずれだった。昔の「戦国自衛隊」の方が１０倍よかった。キャストがよかっただけに残念。両方とも見ていない人が借りてくるなら、是非昔のやつ（千葉真一主演）を借りるべきと言っておこう。
　次に「バルトの楽園」。これは期待どおりだった。最後のシーンが感動的。主役のマツケンも秀逸。良かった。あとは「ラフ」と「涙そうそう」を観た。これは長澤まさみが共に主演。「ラフ」は内容よりも長澤まさみの魅力が溢れた作品だった。「涙そうそう」の方はかなり好きな内容。ラストだけがちょっと私には残念だったが、全体的には良かった。長澤まさみも妻夫木聡もいい演技だった。そしてこの映画の中には多くの場面で私の知っている場所が出てきた。市場もホテルも海も道も行ったことのある場所ばかり。特にライブハウスのところは私の好きなエリアであった。「あっ、あそこだ。」と思いながら観ることができた。やはり沖縄はいい。それに長澤まさみはいい女優になった。私は長澤まさみよりは綾瀬はるか派？なのだが、ちょっと気持ちが揺らいだ（笑）。

　ところがこれを観た翌日、なんとも最高のタイミングで沖縄の友達から小包が届いた。中にはドラゴンフルーツ、スターフルーツ、パパイヤ、マンゴー、、、、の詰め合わせ。特にピンクのドラゴンフルーツがいっぱい。その色の鮮やかなこと。早速電話すると「前にいろいろごちそうしてもらったからさ～」と。持つべき者は友である。「涙そうそう」の話をすると、「そういえば前に、コザの辺に長澤まさみが来てた。みんな騒いでたさ～」と。そうコザ周辺が私の好きなエリアである。そんなことを思いながら、毎日ドラゴンフルーツを食べている最近である。（Ｎｏ．８０　了）風花良
        
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    <title>2007.8.15 新潟競馬ツアーを終えて</title>
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    <published>2007-08-15T06:19:23Z</published>
    <updated>2007-08-16T06:41:43Z</updated>
    
    <summary>　２ヶ月ぶりの日記である。この６、７月はあまり良いことがなかった。良かったことは...</summary>
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        <name>風花　良</name>
        
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        　２ヶ月ぶりの日記である。この６、７月はあまり良いことがなかった。良かったことは１つだけ。それは私の大学の将棋部の４０周年記念行事が６月下旬に名古屋であり、そこで２０数年ぶりに会えた人が何人かいたことと、その記念イベントで個人的に良いことがあったのである。それについては書けないが、その２日間は楽しかった。
　しかし他に悪いことがあった。実は２度病気したのである。６月中旬の一度目は何とか数日で治ったのだが、７月の中旬にまた同じような場所を痛めてしまった。そしてその２度目はかなりひどく、実は入院寸前であった。ただ何とか通院でと医者に相談して、毎日点滴に通って治療した。最低でも７月中にある程度まで治さないと、新潟ツアーに行けない。全国からご参加の皆さんに既に会費はいただいているので私が行けないと本当に困ったことになってしまう。そのプレッシャーがあった。毎日祈るような気分だったが、何とか７月下旬には良くなってきたので、ツアーの参加はＯＫとなった。しかしまだ全快ではなく、いかにツアー中無事に過ごすかを考えていた。また新潟では７月に皆さん知ってのとおり、大きな地震があった。これも心配事だったが、我々の泊まる地域やホテル、空港、競馬場周辺の被害はほとんど残っていないということを方々に電話して確認したから、後はこれ以上新たな地震が来ないことを祈るしかない。ともかく行くしかない。そう思って出発した。それではここからは日記形式で書いていこう。

８月２日（木）
　この日の夜のＡＮＡで新潟入りした。私としては早めに新潟にいないと心配なのである。もしまた地震があったら困るし、この週は台風も週末来そうだった。名古屋からでは東京のように新幹線がないから、ともかく早く行きたかった。それでこの日に新潟入り。同行者はいつもと同じＡ君。この日は彼が調べておいた古町の鮨屋で遅い夕食。やはり新潟の寿司は美味しかった。特に新潟名産の“のどぐろ”の焼き魚は絶品だった。しかし病み上がりの私は日本酒を飲むことはできずに少し残念。

８月３日（金）
　この日はまず新潟駅前のホテルをチェックアウトして、駅構内の回転寿司で昼食。それが前夜の鮨屋に負けないくらい美味しかった。ここでは“のどぐろ”の握りを食す。やはり美味しいのであった。もちろん新潟の米の美味しさもあってのこと。さすが日本海の町新潟である。
　午後は月岡温泉に移動。私としては１５年ぶりの新潟、月岡温泉である。泊まったのは「ホテルニューあけぼの」というところだったが、豪華な夕食と露天風呂は最高だった。もちろんこの日は夕方から競馬新聞を手に入れて、「関屋記念」と「函館２歳Ｓ」の予想をやったが、それ以外の時間は珍しくのんびりできて良い日だった。散歩した月岡温泉の街も１５年前とほとんど変わっていないような感じ。懐かしさいっぱいで、当時のことを思い出し、感傷に浸ったりした。ここは古き良き時代の日本を感じさせてくれる場所。いつか競馬を離れても来てみたい場所である。

８月４日（土）
　朝チェックアウトして、歩いて数分の「ホテ清風苑」へ。ここが今回のツアーのホテルである。初めて行ったがかなり大きくて、良いホテルだった。ホテルの好意で早めに部屋を空けてもらって、一服したのち、競馬の検討や講演の準備にはいった。そうしていると今回のツアーの幹事である蒼樹さんがまず到着。今回このホテルの交渉から予約など一切をやってくれたのは彼である。到着後もツアー成功のためにいろいろと動いてくれた。やがて勇気君や大阪のマクリー（株）の社長Ｏさんも到着。
　
　やがて夕方となり、講演会の時間となり、今年のツアーが始まった。まずは勇気君の講演。彼が作った最新のパソコンのソフトを使っての予想の話だったが、皆さん非常に興味を持って聞いてみえた。キーワード別に枠番や馬番の予想が簡単に出せるもので、彼の自信作。講演としても良い話だった。そして私の番がきて、今回は秋のＧⅠレースの作戦の中から、過去にどこにも発表してなくて、尚かつ本や雑誌には書けないレベルであると私が思っている大切なものをいくつか発表させてもらった。「菊花賞」「天皇賞・秋」「エリザベス女王杯」「マイルＣＳ」から「ジャパンカップ」「阪神ジュベナイルＦ」などについて、資料とともに時には質問形式にしたりしてお話しした。結果は今回も多くの方々に「本当に良いお話をありがとうございます。」と言っていただいたりして、講演は成功だったと思う。それにしても話を始めると時間が経つのはあっという間である。実は時間が余った場合のための予備の話なども用意してあったのだが、それは話せず終い。そういえばこの講演を録音したのだが、マイクが悪かったためか、今年は上手く録れなかった。したがってこのままではＣＤにできないので、後日録音し直す予定である。その時はさらに他の話やサインを加えようかと思っている。これから作成していくので、その発売は９月中旬以降の予定。ツアーに行けなかった方で聞いてみたい人は是非に。

　さて次は夕食を兼ねた宴会である。毎年この時間が楽しい。今年も自己紹介から始まって、大いに皆さん楽しまれているように感じた。今回は初参加の方がけっこう多くて約３分の１。そのメンバーはまず東京からは、ＹＩさん、それから仲の良いカップルのＭＴさんとＭＭさん（女性の方）、神奈川のＨＯさん、大阪からはＨＮさん、山梨からはＲＩさんとＭＭさんのお仲間２人組、さらに愛知のＹＩさん（この方も女性の方）、そして地元の新潟からはＨＫさん。この方々が私とは初対面だった。また以前の大阪のパーティーでお会いした山口のＴＡさんもツアーは初参加であった。それに対して後は常連を含めた過去の参加者の方々。まずは関西が多くて、大阪のＹＡさん、ＫＳさん、ＴＦさん、京都のＴＩさん、ＳＹさん、神戸のＨＮさん。対する？関東は、東京のＴＴさん、ＴＦさん、埼玉のＳＳさん、神奈川のＴＩさん、ＨＭさん。そして愛知からはＫＳさん、ＮＭさん、ＴＷさん。そして今回最も遠くから参加してくれた福岡のＴＳさん。あとは幹事の蒼樹さんとマクリーの社長Ｏさんと勇気君とＡ君と私の総勢３０名。これが今回のツアーのメンバーである。実はこの他に直前に家庭の事情で参加できなくなってしまわれた東京のＨＮさんがみえた。残念だったが、またの機会にお会いしましょうＨＮさん。そうして楽しい宴会は続いた。食事も豪華だった。大きなホテルで女将の挨拶もあった。良い雰囲気の中で最高の宴会ができたと思っている。幹事の蒼樹さんに感謝したい。

　その後は自由時間。皆さん温泉に入ったり、２次会部屋を作って歓談されたりしていた。私はその間、部屋にこもって、翌日の検討の下調べをしていたのだが、とくに平場のレースから頭数が非常に多くて、どうにも時間が足りなかった。それで１１時半頃、もう検討をやめて皆さんの２次会に合流した。そこにほとんど全員がみえて、びっくりしたのだが、皆さん歓談というよりは明日の検討という雰囲気だったので、私が中心となって翌日の平場の各レースの見解をお話した。それほど結論がでていない中での話だから、皆さんと一緒に検討するような感じであったが、それで良かったと思う。この時間は講演会ではないのだから。またこの頃になると初参加の方々も打ち解けてきて、質問してくれたり、いくつかの検討の輪が出来たりしていた。「今年の参加者もいい人ばかりですね。」と誰かが言っていた。まったくの同感だった。そうして夜中になり解散。私は夜中の露天風呂に浸かりつつ、明日のツアーの成功を願ったのだった。

８月５日（日）
　早朝、予定どおり出発。前日の雨が残るという天気予報ははずれて、見事な快晴。皆さんのパワーが、究極の雨男（幹事側の１人）を上回ったのだろう（笑）。競馬場に着くと、指定席の残りは少し。それでもぎりぎりで何とか３０人分の連番の指定席を確保。後少し遅ければダメだった。「今日はついている。」と思った。なんとなくいい予感がした。
　
　１５年ぶりの新潟競馬場は、回りが逆になり、直線が長くなり、スタンドが大きくなり、以前とは別の競馬場のようだった。ここには私の思い出は消えていた。それでもよかった。マキバサイクロン、ビーバップ、スプライトパッサーの思い出は心の中にある。あの時の私の運命を変えてくれた新潟競馬場は私の心の中にあれば良い。ここは気持ちを切り替えて、今度は新しい人たちとの新たな新潟の思い出を作れればそれで良い。そう思いながら、新しくなった競馬場を見ていた。

　さあここからは勝負である。各自が自分の考えで戦うのである。いつもそうだが、皆さんの真剣な表情が良い。頑張ろうではないか。精一杯戦おうではないか。そうして競馬が始まった。今回はこの日記では私の各レースの予想や結果は詳しく書かないが、簡単にふれておこう。まず午前中は新潟を２レース買った。共に的中。またちょうどお昼に買った函館の平場も的中。ここは自信が有り、ちょっと多めに買ったから、食堂でかなりの大声を出してしまい、食堂のお客様すべてが黙り込んでしまわれるくらいだった。悪いとは思ったが、こちらは遊びではなく真剣な戦いなので仕方ない。申し訳なし。一緒にいた勇気君とＯさんとＴＳさんとＡ君と共にレース後に乾杯して、食事が美味しかった。またこの午前中はＹＡさんが第２レースで複勝を万単位で取られていたし、そのレースはＴＳさんも３連複を取られていた。第３レースではＲＩさんが３連複を２点で、またＯさんも的中されてみえた。そんな感じで他の皆さんも午前中から、結構当ててみえたようだった。私が取った函館の平場はＹＡさんやＮＭさんも見事に的中されていた。

　午後になり、私はメインの前まででトータルして４勝３敗。つまり午後に３レースはずした。競馬場に行くときはいつでも買ったレースは全レース的中を目指しているから、この３敗は悔しかったが、多めに買ったレースは的中していたから、もう負けはなし。そういえば勇気君は私がはずした第９レースを“橋タイトルレース”のポイントから取っていた。まあ私はあとはメインを見届けるだけだった。メイン３つの内、新潟と函館は昨日の講演会で具体的に予想を出して話していた。小倉メインは今回は予想をパスしていた。まずは函館「函館２歳Ｓ」から。１着はカク地のハートオブクイーン。２着は１１番人気のジョイフルスマイルで超大穴。結果は枠連１０９０円のみの的中。私はいつも言っているように枠連を多く買うから、この的中には満足だが、残念だったのは２着の最低人気馬ジョイフルスマイルを予想に入れてあったこと。組み合わせが違えば、馬連も取れたかもしれない。それが残念だった。次は小倉メインの「ＫＢＣ杯」。ここは馬券は見送って買わなかったが、途中で予想を聞きにこられた何人かの方々には「２番、６番、９番の３頭で枠連、馬連、馬単を組み合わせたらいいと思います。」と言っておいた。結果は馬連６－９で１７７０円、馬単６－９は３７５０円。何人かにお礼を言われて「こんなに配当がつくのだったら、自分も買っておくのだった」と悔やんだ。そんな欲張りな私です（笑）。

　あとは新潟メインの「関屋記念」。これを取るために来たのである。結果は私の３番手カンパニー、２番手シンボリグランで決まって、枠連３－７は１０７０円、馬連の６－１５は３２４０円の的中。そして私は当日はカンパニーが良いと思い直して、これを１番手にしたのである。したがって快勝。１頭だけ大外を突き抜けたカンパニーと福永騎手に乾杯であった。またこのレースでは福岡のＴＳさんがワイドの１０ー１５を万単位で仕留め、みんなはその馬券を見て大興奮。その配当が２７８０円と発表され拍手喝采だった。
　
　しかしドラマはそれで終わりではなかった。ＴＳさんはさらに新潟最終の１２レースでもワイド４－８の１２６０円を万単位で仕留めてしまった。払い戻しはメインと最終の２つだけで７桁、１００万をゆうに超えていた。ガッツポーズのＴＳさんは実は小倉ツアーの