« 2008.11.7 新刊単行本発売と2度目の訪韓 | メイン | 2008.12.30 香港国際レースと安藤勝己騎手の「有馬記念」 »

2008.11.24 ビリージョエルのコンサート

 新刊単行本が無事発売となり、そろそろ手にしてみえる方も多いと思う。ただ以前より競馬本は入荷している本屋が減っているようで、私の友人も手に入れるのに数件の書店を回ったという。したがって確実に手に入れたい方はアマゾンや楽天、セブンイレブン受け取りなどのネット書店を使われた方がかえって早いように思う。最近は私も旅行のガイドブックや将棋の本などをネット書店で買ったりする。結構早く到着するので便利だ。ただネットで買うのはいやという人もいるだろうから、そういう方はウインズ周辺の書店で探していただければ確率は高い。大手書店でも数冊入るだけの場合、売り切れると次に入るのは遅い。要は書店の規模より競馬本をどう扱っているかによるのである。まあそのあたりは皆さんも詳しいかもしれないが。ともかく今回もよろしくお願いします。そして機会があれば、感想をお聞かせください。

 さて話はかわって、先週は東京へ行ってきた。3日間だったが、いろいろあった。メインは18日のビリージョエルのコンサート。これに行ったのだった。今回は日本でたった一晩だけのコンサート。以前からビートルズの次にビリーというくらい好きなアーチストだったから、コンサートに行ってみたかったのだが、2年前に名古屋に来た時には行けなかった。その時行った人(昔の会社の先輩)に「ものすごく良かった!」と言われてずっと後悔していた。したがって今回は東京公演だけであっても絶対に行こうと決めた。そうして友人の勇気君にチケットをお願いした。彼はこんな時いつも二つ返事で引き受けてくれる。数日して「取れました。2枚。」と彼。「1枚でいいんだけど、、、。」「いえ俺も行きたいんです。」というやりとりがあって、一緒に行くことになった。彼がビリージョエルを好きだったことを今回初めて知った。実際、行ってみると彼もほとんどの曲を知っていた。

 さて当日。彼と二人で東京ドームに着いて、席に座る寸前にライヴはスタート。ぎりぎり間に合った。1曲目はいきなり「ストレンジャー」で、以下「怒れる若者」「マイライフ」と続く。この「マイライフ」のイントロが好きな私である。そして「エンターテイナー」を挟んで「素顔のままで」だった。これだけはどうしても聴きたかった名曲であり、我が青春の1曲である。それを生で聴くことができた喜びは言葉では表現できない。続いて「ザンジバル」「ニューヨークの想い」。さらに「アレンタウン」。これは勇気君が一番好きな曲らしい。もちろん私もかなり好きな1曲である。
 すでにここでかなり満足だったのだが、次にまたしても名曲の「オネスティ」が。そして「ムーヴィン・アウト」。「あとは『プレッシャー』が聴ければ、、、、、」と言っていたら、次が「プレッシャー」でびっくり。これは大学時代にディスコで毎日聴いていた。それを思い出しながら聴いていた。特に間奏が秀逸でありかっこいい。最高だった。

 もう200パーセントの満足感。あとはひたすらビリーワールドに浸っていた。「ドント・アスク・ミー・ホワイ」「キーピン・ザ・フェイス」「シーズ・オールウェイズ・ア・ウーマン」「リバー・オブ・ドリームス」「ハートにファイア」「ロックンロールが最高さ」「ガラスのニューヨーク」と続いた。この中では「シーズ・オールウェイズ・ア・ウーマン」がとても好きな曲。メロディが美しい。そして一度終了。あとはアンコールで「若死にするのは善人だけ」と最後は当然「ピアノマン」だった。

 本当に行ってよかった。選曲も演奏もそして昔と変わらない歌声も流石であった。途中では「さくらさくら」や「上を向いて歩こう」などのピアノも少し入れたり、ジャイアンツの帽子をかぶったり、AC/DCのヴォーカルが登場したりという趣向もあり楽しませてもらった。たしかあと半年で60歳になるはずなのに、これだけのファン(5万人はいたらしい)をたった2時間でこれだけ喜ばせることができるというのはすごすぎる。勇気君も「久しぶりにいいコンサートに行った。行って良かった。」と連発していた。そんな満足の一夜だった。

 翌日は仕事関係の出版社の担当者氏と会ったり、他には個人的なことに1日費やした。夜は勇気君が連絡してくれて、松井政就さんと久しぶりに再会し、3人で大いに語り合って楽しい時を過ごした。ちなみに松井さんもビリージョエルのコンサートに行っていたという。やはり我々は趣味が合うのであろう。

 3日目は勇気君と昼過ぎから船橋競馬場に行った。私はここへ行ったことがなかったから、取材というか体験のつもりで行ったのだった。着いたらもう7レースで、私はそれ以降の8、9、10、11レースと他場の門別9レースを遊びで買って、結果は3連単2つと1点で買った馬単が的中したが、トータルではマイナス。しかし遊びだったから、まあいいか、、、、という感じ。ところが勇気君は勝負だったようで、毎回パドックからオッズから真剣に見て馬券を買っていた。途中では悪いからあまり声をかけなかった。そして彼は最初に間に合った7レースから最終11レースまで全部を的中させた。その中には3連単の9万馬券と7万馬券が含まれている。実にお見事だった。ただ7万馬券を取っても「もっと買うべきだった。」と反省していた。彼は今、馬券で本当に勝ちたい時期なのだろう。私もそんな時期があった。それを思い出した。ただ今はそうでもない。今年はそんな気分ではないのである。真剣にはやっているが、必死でというほどではない。それでもまたいつか必死に馬券勝負する日は来るだろう。もちろん「日本ダービー」も含めて、来年も勝負の時はくる。しかし今はちょっと充電したい。心身共に疲れている。今回の船橋は体験だけで良いのである。ところで船橋は想像より大きくて、きれいな競馬場だった。以前はもっと汚かったらしいが、今はけっこう快適であった。また機会があれば行きたい。

 そんな訳でつかの間の東京、晩秋の東京はよかった。コンサートや船橋の送り迎え(彼のポルシェで)までしてくれた勇気君にも感謝である。ありがとう。そして気がつけば今年もあと1ヶ月である。(No.93 了)