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2008年11月24日

2008.11.24 ビリージョエルのコンサート

 新刊単行本が無事発売となり、そろそろ手にしてみえる方も多いと思う。ただ以前より競馬本は入荷している本屋が減っているようで、私の友人も手に入れるのに数件の書店を回ったという。したがって確実に手に入れたい方はアマゾンや楽天、セブンイレブン受け取りなどのネット書店を使われた方がかえって早いように思う。最近は私も旅行のガイドブックや将棋の本などをネット書店で買ったりする。結構早く到着するので便利だ。ただネットで買うのはいやという人もいるだろうから、そういう方はウインズ周辺の書店で探していただければ確率は高い。大手書店でも数冊入るだけの場合、売り切れると次に入るのは遅い。要は書店の規模より競馬本をどう扱っているかによるのである。まあそのあたりは皆さんも詳しいかもしれないが。ともかく今回もよろしくお願いします。そして機会があれば、感想をお聞かせください。

 さて話はかわって、先週は東京へ行ってきた。3日間だったが、いろいろあった。メインは18日のビリージョエルのコンサート。これに行ったのだった。今回は日本でたった一晩だけのコンサート。以前からビートルズの次にビリーというくらい好きなアーチストだったから、コンサートに行ってみたかったのだが、2年前に名古屋に来た時には行けなかった。その時行った人(昔の会社の先輩)に「ものすごく良かった!」と言われてずっと後悔していた。したがって今回は東京公演だけであっても絶対に行こうと決めた。そうして友人の勇気君にチケットをお願いした。彼はこんな時いつも二つ返事で引き受けてくれる。数日して「取れました。2枚。」と彼。「1枚でいいんだけど、、、。」「いえ俺も行きたいんです。」というやりとりがあって、一緒に行くことになった。彼がビリージョエルを好きだったことを今回初めて知った。実際、行ってみると彼もほとんどの曲を知っていた。

 さて当日。彼と二人で東京ドームに着いて、席に座る寸前にライヴはスタート。ぎりぎり間に合った。1曲目はいきなり「ストレンジャー」で、以下「怒れる若者」「マイライフ」と続く。この「マイライフ」のイントロが好きな私である。そして「エンターテイナー」を挟んで「素顔のままで」だった。これだけはどうしても聴きたかった名曲であり、我が青春の1曲である。それを生で聴くことができた喜びは言葉では表現できない。続いて「ザンジバル」「ニューヨークの想い」。さらに「アレンタウン」。これは勇気君が一番好きな曲らしい。もちろん私もかなり好きな1曲である。
 すでにここでかなり満足だったのだが、次にまたしても名曲の「オネスティ」が。そして「ムーヴィン・アウト」。「あとは『プレッシャー』が聴ければ、、、、、」と言っていたら、次が「プレッシャー」でびっくり。これは大学時代にディスコで毎日聴いていた。それを思い出しながら聴いていた。特に間奏が秀逸でありかっこいい。最高だった。

 もう200パーセントの満足感。あとはひたすらビリーワールドに浸っていた。「ドント・アスク・ミー・ホワイ」「キーピン・ザ・フェイス」「シーズ・オールウェイズ・ア・ウーマン」「リバー・オブ・ドリームス」「ハートにファイア」「ロックンロールが最高さ」「ガラスのニューヨーク」と続いた。この中では「シーズ・オールウェイズ・ア・ウーマン」がとても好きな曲。メロディが美しい。そして一度終了。あとはアンコールで「若死にするのは善人だけ」と最後は当然「ピアノマン」だった。

 本当に行ってよかった。選曲も演奏もそして昔と変わらない歌声も流石であった。途中では「さくらさくら」や「上を向いて歩こう」などのピアノも少し入れたり、ジャイアンツの帽子をかぶったり、AC/DCのヴォーカルが登場したりという趣向もあり楽しませてもらった。たしかあと半年で60歳になるはずなのに、これだけのファン(5万人はいたらしい)をたった2時間でこれだけ喜ばせることができるというのはすごすぎる。勇気君も「久しぶりにいいコンサートに行った。行って良かった。」と連発していた。そんな満足の一夜だった。

 翌日は仕事関係の出版社の担当者氏と会ったり、他には個人的なことに1日費やした。夜は勇気君が連絡してくれて、松井政就さんと久しぶりに再会し、3人で大いに語り合って楽しい時を過ごした。ちなみに松井さんもビリージョエルのコンサートに行っていたという。やはり我々は趣味が合うのであろう。

 3日目は勇気君と昼過ぎから船橋競馬場に行った。私はここへ行ったことがなかったから、取材というか体験のつもりで行ったのだった。着いたらもう7レースで、私はそれ以降の8、9、10、11レースと他場の門別9レースを遊びで買って、結果は3連単2つと1点で買った馬単が的中したが、トータルではマイナス。しかし遊びだったから、まあいいか、、、、という感じ。ところが勇気君は勝負だったようで、毎回パドックからオッズから真剣に見て馬券を買っていた。途中では悪いからあまり声をかけなかった。そして彼は最初に間に合った7レースから最終11レースまで全部を的中させた。その中には3連単の9万馬券と7万馬券が含まれている。実にお見事だった。ただ7万馬券を取っても「もっと買うべきだった。」と反省していた。彼は今、馬券で本当に勝ちたい時期なのだろう。私もそんな時期があった。それを思い出した。ただ今はそうでもない。今年はそんな気分ではないのである。真剣にはやっているが、必死でというほどではない。それでもまたいつか必死に馬券勝負する日は来るだろう。もちろん「日本ダービー」も含めて、来年も勝負の時はくる。しかし今はちょっと充電したい。心身共に疲れている。今回の船橋は体験だけで良いのである。ところで船橋は想像より大きくて、きれいな競馬場だった。以前はもっと汚かったらしいが、今はけっこう快適であった。また機会があれば行きたい。

 そんな訳でつかの間の東京、晩秋の東京はよかった。コンサートや船橋の送り迎え(彼のポルシェで)までしてくれた勇気君にも感謝である。ありがとう。そして気がつけば今年もあと1ヶ月である。(No.93 了)

2008年11月07日

2008.11.7 新刊単行本発売と2度目の訪韓

 もう11月である。やっと日記が書ける。ずっと忙しかったのである。
 最初は報告から。実は9月の中旬から新刊単行本の原稿を書き始め、それが10月の中旬に終わり、その後は校正などがあり、10月の終わりにそれも終了。私の手から離れた。そして正式に発売が決まった。タイトルは「風花良の1000万馬券をつかむ最強サイン」で、出版社はいつもと同じ日本文芸社さん。定価は3000円(税込)。発売日は11月20日前後の予定である。今回はいろいろな事情があり、この時期の発売となった。また内容も最近の5冊とはまた違った感じである。私としては今回も全力で書いたし、高度な内容も盛り込んでおいたつもりである。是非ご一読いただければ幸いである。どうぞよろしくお願いします。

 またその原稿書き、校正終了後はすぐに「風花ゴールド」の執筆に入り、それもなんとか終了。こちらも予定どおり11月15日には発売できる。お申し込み済みの方はお楽しみに。まだの方はよかったらこちらもよろしくお願いします。

 とにかく8月以降はDVDの作成、「風花ゴールド」第13号作成(9月発売)、単行本の原稿書き、校正、「風花ゴールド」14号作成(11月発売)で、本当に忙しかった私である。休みもほとんど取らなかった。しかしその中で9月初めに韓国に行ってきた話は以前に書いたとおり。そして10月下旬に、単行本の原稿書きが終わった直後、校正までのほんの4日の間で、再び韓国に行ってきたのだった。そうでもしないとストレスやイライラでノイローゼになりそうであったから、気分のリフレッシュも兼ねて行ってきたのである。その旅行について振り返っておきたい。

 今回は勇気丈二君を誘って一緒に行った。また彼の会社のR君も同行して、3人での楽しい旅となった。彼等も私に負けず劣らず“働き過ぎ”の毎日のようだったから、リフレッシュには良かったと思う。もっとも彼等は、仕事の電話が旅行中もけっこうかかっていた。携帯が通じる韓国の便利さの反面、少し可哀想だった。私は旅行中はほとんど電話に出ないから大丈夫だったが(笑)。

 さて1日目は夕方空港に着いて彼等と合流、ホテルのある明洞に移動したら、もう夜だった。早速街に繰り出して焼き肉の夕食。味はまあまあで値段もグッド。その後はカジノへ行った。結局、この旅で私は何度かカジノに行ったのだが、その結果や印象については、実は「風花ゴールド」14号に書いたのでここでは書かない。ただいろいろと楽しかったり勉強になったりで、良かったとだけ書いておこう。

 2日目は朝遅く起きて、朝昼飯としてお粥の専門店に行った。そこで一番高いメニューである“松茸・アワビ粥”というのを頼んだのだが、これがまた正解だった。朝ご飯としてはこれ以上ない美味しさ。日本の有名人の写真がいっぱい貼ってあったから、観光客向けではあるが、現地人も食べていたし、味はいうことなし。また行きたい店である。その後、明洞の街をぶらぶらしていたが、勇気君が大好きなマッサージの店をみつけて、そこに入った。その店はおそらく女性客がメインのようで、男が昼間から3人来たのでびっくりしていたが、誰もお客さんはいなくてすぐにOKということで、やってもらった。上半身プラス足裏マッサージだったが、心地よくて満足だった。
 あとは一度ホテルに帰って休憩し、夕方からはまた街に。今度はメガネ屋でメガネを作ったり(韓国はそこら中にメガネ屋があり、価格は日本の半額くらいで良いメガネが作れるのである。)、デパートで服を買ったりした。もちろん街歩きもして、屋台のお菓子を買って食べながら歩いたりもした。そして夕食はまたも焼き肉。その店は先のメガネ屋の紹介で、チジミやユッケをサービスしてもらった。また前日の店よりもさらに美味しかった。特に塩で食べる特上ロースが最高だった。最後は他の街に飲みに行ったりして、楽しい時間を過ごしたのだった。
 
 3日目も私が朝は起きないから(笑)やはり昼に朝食。しかし今度の店ははずれ。一見美味しそうに見えたのだが、私も勇気君も頼んだメニューは美味しくなかった。その後は14世紀に建てられた王宮である景福宮に行った。ここはソウルでも一番の観光地である。ガイドブックで見たときは1時間もあれば十分に全部見られると思っていたのだが、実際は一つ一つの建物が非常に大きくてびっくり。敷地内に○○門、○○殿というのがかなりあって、壮大であった。また韓国人の子供の遠足や日本人のツアー、そして欧米人まで多くの観光客で賑わっていた。この日はあいにく雨だったが、それはまた風情があってよかった。
 そこを出た後は仁寺洞という街に行った。ここは伝統的な街ということで行って見たかった場所。その中の一軒の伝統喫茶(そのあたりは伝統喫茶、伝統酒場が何軒か軒を連ねている)でお茶をしただけだったが、非常に良い雰囲気だった。私が注文したゆず茶も美味だった。
 
 いったんホテルに帰った後、夜は勇気君が調べていてくれた“豚の首の肉”を食べられるという専門店に行った。そこはガイドブックなどには載っていない場所で、数十人入れる店内は満員。観光客はおそらくゼロ。現地の韓国の人々で埋まっていた。それでも運良く入れて注文。前日までの牛肉とはまた全然違う豚肉の焼き肉だったが、実に美味しかった。特に専門の“豚の首の肉”は絶品。当たりだった。またまわりの韓国人たちを見ていたが、サラリーマンぽい人から、友達同士の人たちまで、老若男女問わず、実に良く飲み、本当に楽しそうに食べているのである。これには我々3人も圧倒された。勇気君と「俺たちはこんなに楽しそうに飲むことは少なくなってしまったな。仲間に入れてほしいくらいだな。」「ほんと楽しそうですね。いいなあ。」と話した。「食事、お酒は楽しく食べて飲むのが一番」という簡単なことをこの韓国の人たちに教えてもらった気分だった。あとはまたカジノへ行って夜中まで戦ったが、この日は楽しくて少々飲み過ぎな私であった。それでもよかった。

 4日目、もう帰国日である。最後は明洞で日本風のお好み焼き屋に入ったが、本当に日本の味であり、それはそれでなんだか懐かしいような美味しさだった。あとは空港に移動して勇気君たちを見送り、名古屋行き便の私は少し時間をつぶして(どこへ行ったかはゴールドへ)帰ってきた。

 いつも旅行はあっという間であるが、今回もそう。まだまだ行きたいところはいっぱい。それでも今回はかなり満足度は高かった。同行してくれた勇気君とR君に感謝である。また次回、どこかに一緒にいこう。そんな訳で今回の日記は終わり。読んでいただいてありがとうございました。(No.92 了)