2008.10.14 花ざえもんよ、安らかに
今年のダービー馬ディープスカイが「菊花賞」を回避して正式に「天皇賞・秋」に出走を表明したらしい。私としては別にどちらに出走でもけっこうだが「言ったからにはちゃんと出てこいよな。」と言っておく。もしこれで“故障”“屈腱炎”“「天皇賞・秋」断念”“引退”などとなれば、「皐月賞」不出走、「NHKマイルカップ」1着、「日本ダービー」1着、「神戸新聞杯」1着、「菊花賞」を回避して「天皇賞・秋」出走を表明、そしてそれを断念、故障、引退でキングカメハメハのコピーそのものだったということになる。そうすればまた私のキャスト理論が成立する。それでも良いが、それはつまらない。いずれにしても「天皇賞・秋」出走表明が本気かそうでないかは、ちゃんと枠順が出て、当日走るまでわからないと思う。またもしウオッカ、そしてメイショウサムソンも「天皇賞・秋」に出走なら、3世代のダービー馬が対決となり、そんなにおもしろいことはない。それにそうなれば、どうゆう決着になるか、ある程度わかるつもりの私である。しかしそうはなるまい。3頭のダービー馬が「天皇賞・秋」に出走することなど10パーセント以下の確率だと思っている。そういっておく。さあどうなるでしょうか。競馬の話はこれくらいにしておこう。これ以上書けば書くほど、嫌味な書き方になりそうだから。今日の私はあまり楽しいことを書ける気分ではないのである。だから嫌いなダービー馬に噛みついてみただけである。聞き流していただきたい。
以前の話だが、6月の初めに上海に行った時、帰りに金山(名古屋市内)の駅で、熱帯魚を売っていた。通りがかりでちらりと見たのだが、それは初めてみるもので、青と赤の2種類がいて非常にきれいだった。大きさは金魚くらいであるが、美しさが全然違った。聞けばタイなどでは水たまりでも生き延びている生命力の強いベタという魚で、初心者でも簡単に飼えるという。酸素もエラで空気呼吸ができるのでいらない。小さな瓶に1匹ずつ入っていたが、このままで良いという。水替えは月2、3回、エサは1日1、2回でOK。あとは冬場だけは寒いので冷蔵庫などの主電源のある家電の上に置けば、それで良いとのことだった。もっとも私は旅行帰りで荷物もあったから、買うつもりはなかった。知識として聞いてみただけである。ところが、タクシー乗り場まで来た瞬間に、なぜか「買うべきだ!」という神の声が聞こえたような気がして、売り場に戻った。そして一番最初に目に付いたやつを買った。一見して皆同じように見えるが、色も形も微妙に違う。そいつは小さいが圧倒的に綺麗なブルーで、尾ひれも一番かっこよかった。
そうして飼い始めたそのベタを花ざえもんと名付けた。最初は彼も警戒していたが、一週間くらいしたら、慣れてきて瓶のなかを元気いっぱいに泳ぎまくっていた。エサも飛びつくようにしてよく食べた。また私の弟も彼が気に入ったようで、交代でエサをやるようになった。花ざえもんはだんだんと我々になついてきて、やがて顔を見るとエサをねだるようになった。相変わらずブルーの輝くようなきれいな身体と尾ひれであり、それは時に長時間眺めても飽きないほどだった。また彼は私や弟だと気がつかない時、つまり指だけしか見えないような時には、敵だと思ってエラを立てて威嚇のポーズを取った。彼はそれで威嚇しているのだが、我々から見ればそれは昔のエリマキトカゲのポーズのようであり、実にユニークでかわいいものだった。私も弟も、時折ふざけて指を瓶にあてて、彼に威嚇してもらったりしたのだった。また夜になると彼は瓶の縁にもたれていつも寝ていた。その寝ている姿をみるとなぜかこちらもほっとした。毎日彼に癒されていた。私が夜中に仕事をしていると、弟が見に来て、「花ざえもんは?」と聞く。私が「寝ている。」と答えると、「いつもよく寝るなあ。」などと会話していた。彼は本当によく食べ、よく動き、よく寝た。
やがて1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月と過ぎ、彼はもううちの家族同然だった。9月になり夏が終わっても彼は元気だった。いつまでも狭い瓶では可哀想だから、大きめの水槽を買うことも考えはじめていた私である。ただベタというのはオス同士では激しい戦いをするので同じ水槽では2匹は飼えないとのことだった(花ざえもんはオス)。またオスとメスでも、最初は相性を見るために瓶で見合いをさせたりしないとだめらしい。そのあたりは難しいようだった。近くのホームセンターに熱帯魚コーナーがあったので、エサの追加を買うときに見たら、やはり水槽ごとにベタは1匹ずつしか入れてなかった。したがって仲間を買ってやる訳にもいかなかった。
ところが9月も終わりになった頃、花ざえもんは少し元気がなくなった。数日間そんな感じだった。やっぱり急激に寒くなったのがこたえたのかもしれないと思い、出来るだけ暖かい場所においた。しかし10月の初め、朝起きてみると彼は死んでいた。私も弟もショックで声が出なかった。確かに真夏に比べると元気ではなかったが、前日は夜中に少し元気もあり、例の威嚇ポーズを久しぶりに見せてくれていたのである。まさかこんなに突然死んでしまうとは思ってもいなかった。信じられなかった。
私と弟は朝食をすませた後、彼のお墓を作った。いろいろ考えたが、家の庭の一番目立つところで玄関に近いところにした。そこに残ったエサ全部と共に埋めてやった。私の父が来たので「花ざえもんが死んでしまった。」と言ったら、驚きながらもこう言った。「だから生き物は飼ってはダメだと○○(母の名)が言っていただろう。死んだとき悲しいから。」と。それではじめて私は思い出したのである。私の家では大昔に金魚を飼ったことはあったが、それ以外いっさい生き物は飼わないという家庭だった。それについて私は「みんな忙しいから、世話をするのが大変だからだ。」と思っていた。私の妹が子供のころ「犬がほしい。」と言って母にこう言われてダメになったのを覚えていた。しかし実際は違ったのである。母は私に後日言ったのだ。「生き物は死んだ時に可哀想過ぎるし、悲し過ぎる。だから飼わないんだよ。」と。その忘れていた記憶を父の一言で思い出したのだった。私がその母の教えを忘れて花ざえもんを買ってきてしまったのだった。それでも私は花ざえもんは我が家に来てくれてよかったと思い直した。あのまま駅の露天にいても、あるいは他の家庭に買われても、この真夏から数日で15度以上も急激に下がった名古屋の気温では、結果は同じだったような気がするし、そうであればたった4ヶ月でも、私や弟と家族として暮らしてくれてよかったと思うのである。我々は精一杯彼を家族として迎えたつもりである。それにいくらヒーターの上に置いても、名古屋の真冬は熱帯で育った彼には辛すぎたかもしれない。夏の間だけ目一杯元気な姿を見せてくれたのも彼らしい気がする。弟が私に「また買ってくるのか?」と聞いた。私は「いや、買わない。」と言った。「そうだな。」と弟。確かにホームセンターにいけば彼によく似たベタがいくらでも売っている。しかしそれは花ざえもんではないのである。うちの家族であったのは花ざえもんだけだ。私は母の教えを思い出したから、もう二度と生き物を飼う気はない。花ざえもんが最初で最後である。それでいい。
今日も家を出るとき、花ざえもんのお墓を見た。「花ざえもんよ、4ヶ月間ありがとう。今は安らかに眠れ。そして我が家に不審な奴がきたら、門のところで例の威嚇ポーズで追い返してくれ。頼むぞ。」「そして今度生まれ変わったら、人間になどつかまらずに、熱帯の国で思いっきり元気に泳いで暮らせよ。」(No.91 了)