2007.8.15 新潟競馬ツアーを終えて
2ヶ月ぶりの日記である。この6、7月はあまり良いことがなかった。良かったことは1つだけ。それは私の大学の将棋部の40周年記念行事が6月下旬に名古屋であり、そこで20数年ぶりに会えた人が何人かいたことと、その記念イベントで個人的に良いことがあったのである。それについては書けないが、その2日間は楽しかった。
しかし他に悪いことがあった。実は2度病気したのである。6月中旬の一度目は何とか数日で治ったのだが、7月の中旬にまた同じような場所を痛めてしまった。そしてその2度目はかなりひどく、実は入院寸前であった。ただ何とか通院でと医者に相談して、毎日点滴に通って治療した。最低でも7月中にある程度まで治さないと、新潟ツアーに行けない。全国からご参加の皆さんに既に会費はいただいているので私が行けないと本当に困ったことになってしまう。そのプレッシャーがあった。毎日祈るような気分だったが、何とか7月下旬には良くなってきたので、ツアーの参加はOKとなった。しかしまだ全快ではなく、いかにツアー中無事に過ごすかを考えていた。また新潟では7月に皆さん知ってのとおり、大きな地震があった。これも心配事だったが、我々の泊まる地域やホテル、空港、競馬場周辺の被害はほとんど残っていないということを方々に電話して確認したから、後はこれ以上新たな地震が来ないことを祈るしかない。ともかく行くしかない。そう思って出発した。それではここからは日記形式で書いていこう。
8月2日(木)
この日の夜のANAで新潟入りした。私としては早めに新潟にいないと心配なのである。もしまた地震があったら困るし、この週は台風も週末来そうだった。名古屋からでは東京のように新幹線がないから、ともかく早く行きたかった。それでこの日に新潟入り。同行者はいつもと同じA君。この日は彼が調べておいた古町の鮨屋で遅い夕食。やはり新潟の寿司は美味しかった。特に新潟名産の“のどぐろ”の焼き魚は絶品だった。しかし病み上がりの私は日本酒を飲むことはできずに少し残念。
8月3日(金)
この日はまず新潟駅前のホテルをチェックアウトして、駅構内の回転寿司で昼食。それが前夜の鮨屋に負けないくらい美味しかった。ここでは“のどぐろ”の握りを食す。やはり美味しいのであった。もちろん新潟の米の美味しさもあってのこと。さすが日本海の町新潟である。
午後は月岡温泉に移動。私としては15年ぶりの新潟、月岡温泉である。泊まったのは「ホテルニューあけぼの」というところだったが、豪華な夕食と露天風呂は最高だった。もちろんこの日は夕方から競馬新聞を手に入れて、「関屋記念」と「函館2歳S」の予想をやったが、それ以外の時間は珍しくのんびりできて良い日だった。散歩した月岡温泉の街も15年前とほとんど変わっていないような感じ。懐かしさいっぱいで、当時のことを思い出し、感傷に浸ったりした。ここは古き良き時代の日本を感じさせてくれる場所。いつか競馬を離れても来てみたい場所である。
8月4日(土)
朝チェックアウトして、歩いて数分の「ホテ清風苑」へ。ここが今回のツアーのホテルである。初めて行ったがかなり大きくて、良いホテルだった。ホテルの好意で早めに部屋を空けてもらって、一服したのち、競馬の検討や講演の準備にはいった。そうしていると今回のツアーの幹事である蒼樹さんがまず到着。今回このホテルの交渉から予約など一切をやってくれたのは彼である。到着後もツアー成功のためにいろいろと動いてくれた。やがて勇気君や大阪のマクリー(株)の社長Oさんも到着。
やがて夕方となり、講演会の時間となり、今年のツアーが始まった。まずは勇気君の講演。彼が作った最新のパソコンのソフトを使っての予想の話だったが、皆さん非常に興味を持って聞いてみえた。キーワード別に枠番や馬番の予想が簡単に出せるもので、彼の自信作。講演としても良い話だった。そして私の番がきて、今回は秋のGⅠレースの作戦の中から、過去にどこにも発表してなくて、尚かつ本や雑誌には書けないレベルであると私が思っている大切なものをいくつか発表させてもらった。「菊花賞」「天皇賞・秋」「エリザベス女王杯」「マイルCS」から「ジャパンカップ」「阪神ジュベナイルF」などについて、資料とともに時には質問形式にしたりしてお話しした。結果は今回も多くの方々に「本当に良いお話をありがとうございます。」と言っていただいたりして、講演は成功だったと思う。それにしても話を始めると時間が経つのはあっという間である。実は時間が余った場合のための予備の話なども用意してあったのだが、それは話せず終い。そういえばこの講演を録音したのだが、マイクが悪かったためか、今年は上手く録れなかった。したがってこのままではCDにできないので、後日録音し直す予定である。その時はさらに他の話やサインを加えようかと思っている。これから作成していくので、その発売は9月中旬以降の予定。ツアーに行けなかった方で聞いてみたい人は是非に。
さて次は夕食を兼ねた宴会である。毎年この時間が楽しい。今年も自己紹介から始まって、大いに皆さん楽しまれているように感じた。今回は初参加の方がけっこう多くて約3分の1。そのメンバーはまず東京からは、YIさん、それから仲の良いカップルのMTさんとMMさん(女性の方)、神奈川のHOさん、大阪からはHNさん、山梨からはRIさんとMMさんのお仲間2人組、さらに愛知のYIさん(この方も女性の方)、そして地元の新潟からはHKさん。この方々が私とは初対面だった。また以前の大阪のパーティーでお会いした山口のTAさんもツアーは初参加であった。それに対して後は常連を含めた過去の参加者の方々。まずは関西が多くて、大阪のYAさん、KSさん、TFさん、京都のTIさん、SYさん、神戸のHNさん。対する?関東は、東京のTTさん、TFさん、埼玉のSSさん、神奈川のTIさん、HMさん。そして愛知からはKSさん、NMさん、TWさん。そして今回最も遠くから参加してくれた福岡のTSさん。あとは幹事の蒼樹さんとマクリーの社長Oさんと勇気君とA君と私の総勢30名。これが今回のツアーのメンバーである。実はこの他に直前に家庭の事情で参加できなくなってしまわれた東京のHNさんがみえた。残念だったが、またの機会にお会いしましょうHNさん。そうして楽しい宴会は続いた。食事も豪華だった。大きなホテルで女将の挨拶もあった。良い雰囲気の中で最高の宴会ができたと思っている。幹事の蒼樹さんに感謝したい。
その後は自由時間。皆さん温泉に入ったり、2次会部屋を作って歓談されたりしていた。私はその間、部屋にこもって、翌日の検討の下調べをしていたのだが、とくに平場のレースから頭数が非常に多くて、どうにも時間が足りなかった。それで11時半頃、もう検討をやめて皆さんの2次会に合流した。そこにほとんど全員がみえて、びっくりしたのだが、皆さん歓談というよりは明日の検討という雰囲気だったので、私が中心となって翌日の平場の各レースの見解をお話した。それほど結論がでていない中での話だから、皆さんと一緒に検討するような感じであったが、それで良かったと思う。この時間は講演会ではないのだから。またこの頃になると初参加の方々も打ち解けてきて、質問してくれたり、いくつかの検討の輪が出来たりしていた。「今年の参加者もいい人ばかりですね。」と誰かが言っていた。まったくの同感だった。そうして夜中になり解散。私は夜中の露天風呂に浸かりつつ、明日のツアーの成功を願ったのだった。
8月5日(日)
早朝、予定どおり出発。前日の雨が残るという天気予報ははずれて、見事な快晴。皆さんのパワーが、究極の雨男(幹事側の1人)を上回ったのだろう(笑)。競馬場に着くと、指定席の残りは少し。それでもぎりぎりで何とか30人分の連番の指定席を確保。後少し遅ければダメだった。「今日はついている。」と思った。なんとなくいい予感がした。
15年ぶりの新潟競馬場は、回りが逆になり、直線が長くなり、スタンドが大きくなり、以前とは別の競馬場のようだった。ここには私の思い出は消えていた。それでもよかった。マキバサイクロン、ビーバップ、スプライトパッサーの思い出は心の中にある。あの時の私の運命を変えてくれた新潟競馬場は私の心の中にあれば良い。ここは気持ちを切り替えて、今度は新しい人たちとの新たな新潟の思い出を作れればそれで良い。そう思いながら、新しくなった競馬場を見ていた。
さあここからは勝負である。各自が自分の考えで戦うのである。いつもそうだが、皆さんの真剣な表情が良い。頑張ろうではないか。精一杯戦おうではないか。そうして競馬が始まった。今回はこの日記では私の各レースの予想や結果は詳しく書かないが、簡単にふれておこう。まず午前中は新潟を2レース買った。共に的中。またちょうどお昼に買った函館の平場も的中。ここは自信が有り、ちょっと多めに買ったから、食堂でかなりの大声を出してしまい、食堂のお客様すべてが黙り込んでしまわれるくらいだった。悪いとは思ったが、こちらは遊びではなく真剣な戦いなので仕方ない。申し訳なし。一緒にいた勇気君とOさんとTSさんとA君と共にレース後に乾杯して、食事が美味しかった。またこの午前中はYAさんが第2レースで複勝を万単位で取られていたし、そのレースはTSさんも3連複を取られていた。第3レースではRIさんが3連複を2点で、またOさんも的中されてみえた。そんな感じで他の皆さんも午前中から、結構当ててみえたようだった。私が取った函館の平場はYAさんやNMさんも見事に的中されていた。
午後になり、私はメインの前まででトータルして4勝3敗。つまり午後に3レースはずした。競馬場に行くときはいつでも買ったレースは全レース的中を目指しているから、この3敗は悔しかったが、多めに買ったレースは的中していたから、もう負けはなし。そういえば勇気君は私がはずした第9レースを“橋タイトルレース”のポイントから取っていた。まあ私はあとはメインを見届けるだけだった。メイン3つの内、新潟と函館は昨日の講演会で具体的に予想を出して話していた。小倉メインは今回は予想をパスしていた。まずは函館「函館2歳S」から。1着はカク地のハートオブクイーン。2着は11番人気のジョイフルスマイルで超大穴。結果は枠連1090円のみの的中。私はいつも言っているように枠連を多く買うから、この的中には満足だが、残念だったのは2着の最低人気馬ジョイフルスマイルを予想に入れてあったこと。組み合わせが違えば、馬連も取れたかもしれない。それが残念だった。次は小倉メインの「KBC杯」。ここは馬券は見送って買わなかったが、途中で予想を聞きにこられた何人かの方々には「2番、6番、9番の3頭で枠連、馬連、馬単を組み合わせたらいいと思います。」と言っておいた。結果は馬連6-9で1770円、馬単6-9は3750円。何人かにお礼を言われて「こんなに配当がつくのだったら、自分も買っておくのだった」と悔やんだ。そんな欲張りな私です(笑)。
あとは新潟メインの「関屋記念」。これを取るために来たのである。結果は私の3番手カンパニー、2番手シンボリグランで決まって、枠連3-7は1070円、馬連の6-15は3240円の的中。そして私は当日はカンパニーが良いと思い直して、これを1番手にしたのである。したがって快勝。1頭だけ大外を突き抜けたカンパニーと福永騎手に乾杯であった。またこのレースでは福岡のTSさんがワイドの10ー15を万単位で仕留め、みんなはその馬券を見て大興奮。その配当が2780円と発表され拍手喝采だった。
しかしドラマはそれで終わりではなかった。TSさんはさらに新潟最終の12レースでもワイド4-8の1260円を万単位で仕留めてしまった。払い戻しはメインと最終の2つだけで7桁、100万をゆうに超えていた。ガッツポーズのTSさんは実は小倉ツアーの時も、さらに昨年の中京ツアーの時も数十万単位で勝った人。その実力は折り紙付き。我々は驚かなかったが、特に初参加の方々は目の前で100万以上勝つ人を見て驚かれていたようだった。こういうのはツアーの醍醐味であるし、これをきっかけに自分も頑張ろうと思っていただければ、こんなに良いことはない。現に帰り道でも「自分もあの人のようになれるように、もっと頑張りたい。」という言葉を何人かから聞いた。これで良いのである。それにしてもTSさんはお見事だった。
またこの最終レースはTSさんだけが取ったのではなかった。3連単の463倍を1000円単位で取って、「財布にお金が入りきりません。」と素晴らしい笑顔だったKSさんもいたし、複勝の370円を多めに取った最終レース得意のSS君や、同じく複勝を万単位で取ったYAさんもいた。他にもワイドや3連複などなど、この最終レースを取った人が多くてびっくりした。1番人気馬、2番人気馬が大敗しているレースなのである。皆さんの実力であった。いつの間にかこのツアーのメンバーも強打者揃いになったものである。うれしい限りだ。もちろん私も彼らに負けまいと必死で考えて、この最終レースの枠連、馬連をしっかりと取った。個人的にはこれで一日トータル7勝3敗。まあ最低限の結果は残せたと思う。朝の予感は的中。良い一日だった。
あとは時間のない方々とは競馬場でお別れ。お疲れ様でした。残った20数名はJR新潟駅前の居酒屋で打ち上げ。皆さん非常に楽しそうに歓談していた。2日前までは見知らぬ人と、今は仲間となって競馬談義の花が咲く。儲けた人も残念ながらそうでなかった人も、大きく買う方も少額で楽しむ方も、関係ないのである。勝った負けた以上に、こうして仲間ができて語らう我々すべてが勝者なのだと私は思う。一番楽しい瞬間。今回のツアーも大成功に終わった。私の体調もなんとか悪くならずに無事ツアーを終えて一安心である。台風も途中で逸れて来なかったし、天気も最高だった。皆さんの人徳と運と実力のおかげであろう。その結果のツアー大成功である。
幹事の蒼樹さんありがとう。勇気君ありがとう、Oさん、A君ありがとう。そしてなんといっても全国から集まってくれた全員の参加者に心からお礼を言いたい。みなさん本当にありがとうございました。またどこかでお会いしましょう。(No.79 了)風花良
P.S ツアーに参加されたメンバーの一人であるいわおさんが、単行本を執筆され、この7月に出版されました。小説の短編集です。タイトルは「まわる」、出版社は「文芸社」、著者名は「いわおたかし」さんです。私も買わせていただきましたが、読んでみると不思議な魅力のある短編集です。ネットショップのアマゾンや全国の書店でも発売中。我々の仲間が初めて書いた本です。皆さん是非、ご一読ください。