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2006年07月31日

2006.7.31 一ヶ月遅れの?イタリア優勝記(1)

 前回の日記から1ヶ月以上があいてしまった。この日記のファンの方々には申し訳ない。
 
 まずは言い訳(笑)から。これだけあいてしまった大きな理由はただ1つ。今年の秋も単行本を出すことに決定して、6月下旬から7月いっぱいでの完成が私の義務であったからだ。もっとも5月くらいから話は進行していたから、私は6月の初めから少しずつ書いていこうと思っていた。
 ところが6月初めに予想外の病気になり、予定が狂った。それは軽い物で、約2週間で完治したのだが一度狂った予定はなかなか埋められない。この2週間の遅れで、原稿書きは締め切りとの戦いとなった。出版社には毎週、出来たところまで送らなければならない。地獄の戦いとまではいわないが、今回の本は時間との戦いだった。
 単行本の、原稿用紙250から300枚というのは、私にとって1ヶ月あれば十分書ける分量である。しかしそれはそのことだけを毎日やった場合の話。通常業務の金土日は使えないし、月曜は平日版もある。ましてや会社の決算月でもあって、さらに『競馬ゴールド』の原稿もある。単行本の原稿書きは、毎日、日中から夜中、時には朝までの時間も使っての作業となった。
 そんな訳で非常に厳しく忙しい毎日だった。私のこの1ヶ月半は、あっという間だったのである。とてもこの日記を書く時間は取れなかった。

 ただ原稿書きは1日の限度がある。5時間を過ぎると、右手や右肩の痛みが酷くなるし、脳の限界もある。したがって休まなければならない。それを利用して、テレビでワールドカップをほとんど見た。また毎日家にいる私を誘ってくれる人がいて、映画の「ダヴィンチ・コード」と「日本沈没」を見たりした。そしてその人との7月の外食は、ほとんどをイタリアンレストランに行った。
 
 そうワールドカップは私が本当に大好きなイタリアが優勝したのである。平成18年7月はイタリアの優勝の月として記憶に残ることになった。それに浸りつつ、イタリアの国歌を口ずさみつつ、毎日原稿を書いていた。そして原稿がほとんど完成した今、やっと念願のイタリア優勝日記が書ける。もちろん今回のワールドカップでは他にも思うところや、私なりの意見がいっぱいあるのだが、それもおいおい書くとして、まずはイタリアのグループリーグ第3戦以降の戦いぶりについて、間違った日本のマスコミとは違ったプロ?の視点でのコメントを書いていこう。1ヶ月遅れの“ワールドカップ日記”である。

 6月22日 グループE第3戦 イタリアVSチェコ

 イタリアは勝ちか引き分けでグループリーグ突破が決まるが、相手のチェコは勝たねば苦しい。イタリアも負ければ他力だから、まさに決戦。チェコはロシツキー、ポボルスキーも良い選手だが、なんと言ってもネドベド。33歳になった今もなお世界のベストイレブンに選ばれてもおかしくないこの闘将ネドベドとの戦いだった。
 イタリアは1トップの守備的布陣でのスタート。これは良いと思った。チェコは調子に乗ると非常に強いチームである。ただ逆に混戦や接戦、劣勢になると、いらいらからファールが多くなり、自滅することも多い。したがってとにかくリードを許さないことである。イタリアの監督、名将リッピはそれを見越しているのか、、、。
 
 まずは前半17分、早くもアクシデント。イタリアの守備の要であり、この数年間、間違いなく世界一のDF(ディフェンダー)であるアレッサンドロ・ネスタが負傷で退場。私の大好きな選手であり、本当に残念。私はイタリアの試合でも、ACミランの試合(ネスタはセリエAのACミランの選手)でも必ず、試合前にネスタが映った瞬間に「ネスタ、頼むぞ!」と声をかけてからその日の観戦が始まるのである。
 そのネスタが退場。替わりに入ったのはマテラッツイ。控え選手であるが、技術は一流。イタリア以外なら世界中どの国にいっても不動のセンターバックを出来るくらい能力は高い。ただかっとしやすい性格と、肘打ちなどの反則が多いダーティでも有名な選手。冷静な読みと、極力反則を避けて相手に立ちふさがるネスタとは対照的な男。私はマテラッツイがけっして嫌いではないが、怖い。大事な時に悪い癖である、反則や雑なプレイが出ないことを祈るのみであった。
 
 ところがその交代で入ったマテラッツイが、コーナーキックからのボールをヘッドで合わせてなんとゴールを決めた。これは大きかった。気を良くしたマテラッツイは守備でも安定し、本来の能力を発揮してチェコの攻撃陣に立ちはだかったのである。そして前半ロスタイムにチェコのポラクが2枚目のイエローカードで退場。チェコらしい悪さが出た。
 後半に入ってもイタリアペース。チェコはリードされた時の弱さが出てきて、ゴールの気配は遠のいていった。イタリアの鉄壁の守備の前に、多くの選手が戦意喪失気味。それでもネドベドだけは果敢に攻めて来たが、一人では無理。
 
 そうした中、イタリアは後半の途中から入ったFW(フォワード)のインザーギが終了3分前にゴールを決めてとどめを刺した。このインザーギは現在でも世界のベスト10に入るFW。それも調子さえよければベスト3と言っても過言ではない。さらに今年の4月、5月の調子は絶好調だったのである。それがトニ、ジラルディーノ、イアキンタの後の控えの4番手FWであるのはなぜか。監督リッピとの確執であろう。以前ユベントスでも監督とFWだった2人。相性はその時から良くなかった。今回も国民の声に押されて仕方なくインザーギを最後にメンバーに選んだリッピ監督だった。  
 それでもこの試合はインザーギを使った。そして30分弱でもきちんと得点を決めたインザーギ。良いゴールだった。試合はそのまま2-0でイタリアの勝ちで終了。イタリアはグループリーグを1位で抜けた。 
 チェコについては、いつも良いことを言うマスコミだが、結局、近年優勝争いをしたこともない。答えはただ一つ。超一流はネドベドだけ。他にはキーパーのチェフくらい。私の弟が言う「所詮チェコはネドベドの一人大将だからな」というのが真実なのである。イタリア快勝。ネスタが心配だが、インザーギがゴールを決めて、嬉しい試合だった。

6月26日 決勝トーナメント1回戦 イタリアVSオーストラリア

 決勝トーナメントの最初の相手はオーストラリア。普通にやればイタリアが負ける相手ではない。リッピはこの試合はトッティではなくデルピエロを先発で起用。FWはトニ、ジラルディーノとデルピエロで3トップに見えるが、実は4-3-2-1の1トップに近い布陣。この試合もネスタは出場できず、DFは世界ナンバー2のカンナバーロと、先のマテラッツイのセンターバックコンビ。

 試合は前半は一進一退もイタリアペース。ただオーストラリアの守備陣の頑張りもあって前半は0-0。後半イタリアはまずFWを不調のトニに代えてイアキンタを投入。ところがここでマテラッツイがついにやった。危険なタックルでレッドカードの一発退場。ただ内容はイエローのはず。ワールドカップの審判は本当にレベルが低いのと、どこから金を貰っているかわからないので怖いのである。前大会の気狂いのようなインチキ判定ほどでは無かったが、今大会も不可解な判定は多い。このシーンも絶対にイエローのプレイだった。それでもマテラッツイらしい危険さで、やっぱりやってしまったという感じ。
 
 これで10人になりイタリアは防戦一方に追い込まれた。オーストラリアはここぞとばかりに怒濤の攻撃を続ける。しかしカンナバーロと、これも世界一のGK(ゴールキーパー)ブッフォンの鉄壁の守備でゴールを割らせず。そうして守っているうちに相手が「こんなに攻めても得点は取れないのか??」という雰囲気になってきた。これぞ元祖イタリアのカテナチオなのである。そして相手が攻め疲れしてきたときに一発のカウンターを狙うのである。今回は延長戦でそのカウンターが見られる、、、、と思っていたら結果は違った。
 
 後半ロスタイムで残り1分もない時間に左サイドをグロッソが走る。敵陣深くまで行ってエリア内で倒されてPK獲得。さあ誰が蹴るか。PK得意のデルピエロはもういない。ピルロかと思ったが違った。デルピエロとの途中交代で入ったトッテイだった。そしてそのトッテイのPKは魂の乗り移ったかのような強いキックでゴール左隅に突き刺さった。そのまま終了の笛。イタリアが1-0で劇的に勝利し次へ進んだ。
 
 さすがだった。過去に何度となく言われたトッティのスーパースター説。しかしいつも愚かな行為やむらのあるプレーで自らそれを否定してきたような彼のサッカー人生。かつての“ローマの王子様”は王様になることなくサッカー人生の終盤をむかえている。しかしこの大切な場面でのこのキックは彼の能力を存分に発揮した最高のシュート。これがなんと彼のワールドカップ初ゴールだった。

6月30日 準々決勝 イタリアVSウクライナ

 イタリアの次の相手はシェフチェンコ率いるウクライナだった。シェフチェンコが世界でダントツのNO1のFWであることは以前の日記に書いたとおりである。しかしこの大会直前の大きなケガで、一時は出場は無理と言われていた。それを無理して出て来たのだから、やはり調子は悪いし、本来の実力の40パーセントくらいしか出ていなかった。そんな中でウクライナはよくここまで進出してきた。初出場での快挙であるし、シェフチェンコと共にチーム一丸となって戦った結果だった。本当に立派だったと思う。
 
 ただ正直いって、ここではイタリアの敵ではなかった。イタリアは2トップではなくトニの1トップで今回も慎重な布陣。ただ唯一の不安は例のマテラッツイが前回のレッドカードでこの試合は出場停止。ネスタがなんとか治って出てきてくれるかと思ったが、やはり欠場。というわけでカンナバーロと組むセンターバックはなんと控えで3番手のバルザーリしかいない。それで彼が出場。
 
 試合はイタリアが前半6分にザンブロッタのロングシュートが決まって難なく先制。さらに後半になると眠れる大砲トニがついに目覚めて、2得点。ウクライナも頑張ったが、シェフチェンコまでつなげるケースは少なく無得点で終わった。結果は3-0でイタリアの圧勝。この試合で目についたのはイタリアの中盤のガットゥーゾ。彼も以前の日記に書いた選手。壊し屋、汗かき屋として中盤で守備をする選手。今回もあらゆる場面に姿を現し、タックルなど相手にいやがられるプレーに終始。よくボールも奪っていた。あとは代役の代役であるDFのバルザーリもミスもなくほぼ完璧にプレイした。これぐらい出来れば、守備の極端に弱い一流国スペインやオランダ、ブラジルなどなら、不動のレギュラーである。つまりそういった国とイタリアのDFの選手とはそれくらいの差があるのである。それを今大会は知らしめていた。

 そしてこの試合には特筆すべきことがもう一つあった。それは試合後のことである。ウクライナの英雄シェフチェンコは、自国のサポーターに挨拶した後、なんと相手のイタリアのサポーター席にも挨拶に行ったのだった。 最初はびっくりしていたイタリアサポーター達もやがて大拍手でこの相手国の英雄を迎えた。これも以前の日記に書いたが、シェフチェンコはこの大会終了後から、7年間いたイタリアのセリエAからイングランドのプレミアリーグに移籍が決まったいる。つまり7年間お世話になったイタリアという国への別れの挨拶でもあったのだった。翌日の新聞は「ワールドカップという大舞台の試合後、選手が敵方の応援席に挨拶し、拍手をあびるなどということは初めて、、、」と書いていた。当然である。
 
 ここにシェフチェンコの素晴らしさと人柄がにじみ出ている。他の国の試合では、終了後に乱闘があったりもしている。しかし真のヒーロー、世界最高の選手はそんなことをしないのである。前回の大会でもダントツの世界一の選手でありながら、予選で敗退したバティストゥータは、普段けっして仲の良くない同じFWのクレスポが泣き崩れるのを優しく抱き起こして帰っていった。それを私は目の前で見ていて涙が出た。それこそが真のスーパースターであり、世界一の男達なのである。あとで出てくる決勝戦で得意の頭突きをみせた愚か者などとは次元が違うのである。敗れてもなおシェフチェンコあっぱれ。そしてイタリアはこれでベスト4まで来たのだった。(つづく)(No65 了)風花良