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2005年11月06日

【2005.11.6 21年ぶり無敗の3冠馬と秋の沖縄、そしてJBC】

 前回の日記の形式はけっこう良かったという声があったので、今回も前回同様の日記風に書いていこう。あれから約3週間、やはりいろいろあった。もちろん自分で入れておいた予定ばかりだから、そのとおり行動すればいろいろある訳だ。最近ある人から「良さん、あまりだまって家にいるイメージとかないものね。」と言われたが、そのとおりかもしれない。「これでも10代の頃はインドア派だったんだよ。」と言っておいたが、、、、。それでは10月中旬から11月初旬を振り返ってみよう。

〈10月23日(日)〉
  この日は我々、競馬に携わる人々にとっては歴史に残る日である。私も珍しく朝早く起きてウインズ名古屋に向かった。そこで悪友Tと合流。歴史に残るレースを一緒に見るには役不足?のTだが、まあいいか。彼は誰よりも競馬好きだし、健康だけが取り柄で長生きしそうだから、これから4、50年は生きて、この日のレースを後世に語り継いでくれることだろう(笑)。
  またウインズで偶然にもTW君とも会って、彼も合流。それぞれに馬券を買い、3人で歴史に残る第66回「菊花賞」を見た。結果はもはや書くまでもないが、私の予想がほぼ完璧で単勝、枠連、馬連、馬単、3連複、3連単のパーフェクトで総取り、大勝利!!またTもTW君も大勝利。珍しくゴール後に大はしゃぎのTが印象的だったし、私に馬券を見せてくれる時に手がかなり震えていたTW君も印象に残った。ディープインパクトの大勝利、シンボリルドルフ以来21年ぶりの無敗の3冠馬の誕生を3人で見られたことも良かった。
  とりわけ私の単行本の袋とじの作戦が完璧で、日本中の非常に多くの方々に、この歴史に残るレースの馬券を取っていただけているはず。もちろんQ2予想も携帯予想もパーフェクト。多くの方々の馬券人生の中で、このレースが“最高の思い出”となってくれていれば、私としてはこれ以上の喜びはないのである。ありがとう、ディープインパクトと武豊。おめでとう無敗の3冠馬。

〈10月24日(月)〉
  昨日の3冠の余韻を残しつつ、空港へ。そしてANAで沖縄へ。さらにレンタカーでいつもの恩納村へ。ホテルに着くと夕方だった。今年2回目の沖縄旅行。今回も同行者はA。
  少し休憩して、夜はホテルの近くの食堂で。その後は例の中の町(過去の沖縄日記参照)へ。町を少し歩くだけで、顔見知りの何人かと出会う。もう慣れてしまって名古屋の町と変わらない。この日は迷って1軒だけ初めてのスナックに入ったが、それが正解。良い時間を過ごして1日目終了。


〈10月25日(火)〉
  この日はやや曇り。それでもビーチに行く。水は冷たいが一応泳げる。Aなどはビーチマットでずっと海に浮かんでいた。その後はグラスボートに乗り、沖まで行って熱帯魚や珊瑚礁を船の底のガラスを透して鑑賞。
  そして夕方、今回の旅の主役2人が合流。東京から勇気丈二君、大阪からマクリー(株)の社長Oさん。この2人を沖縄に以前から誘っていたのだが、今回やっと実現。「『菊花賞』がすんだら一息入れて沖縄小旅行と行かないか!?」という私の提案にのってくれた。その彼らに沖縄の良さを知って帰ってほしい。
  まずはヨットのサンセットクルーズに乗った。夕方のスタートで沖まで行く。爽やかな風が顔にあたり気分は南国。そして陽が沈むのを見て帰ってきた。時間は約1時間。勇気君もOさんも喜んでくれた。
  次は海鮮レストランで夕食。沖縄の魚を網焼きなどで賞味。酒は泡盛で乾杯。その後は車をとばして中の町へ。時間がまだ早かったからスナックのはしご。勇気君もOさんも初めて会う沖縄の人達との話に驚いたりしながらも、かなり楽しそうに飲んでいた。特に3軒目は盛り上がり、結局、ホテルに戻ったのは深夜というよりは早朝であった。楽しい夜だった。

〈10月26日(水)〉
  さすがに前日の深酒がこたえて、起きたら午後1時。海の見える1階のレストランでブランチをすませてその後は海に行った。この日はけっこう良い天気。しかし水は冷たい。ビーチサイドで勇気君といろいろ話したりしていた。彼の「いいですね、沖縄。これぞ大人の休日って感じですね。」という感想があった。また涼しくなってきた夕方には、室内の温かい温水プールで彼と泳いだりした。私は体調が良かったから、短い時間で珍しく300メートルくらい泳いだ。
  ちなみにこのホテルは中日ドラゴンズのキャンプ宿舎であり、私はまったく知らなかったのだが、中日の秋季キャンプが私の着いた日から始まっていた。偶然である。阪神などはまだ日本シリーズ中だったから、中日もキャンプはまだ先だと思っていた。ちなみに私が泊まっていた部屋は最上階の11階。中日の落合監督が同じ階だった。選手やコーチが7階だったから私達は良い部屋であった。滞在中、残念ながら落合監督とは会えなかったが、宇野コーチとはエレベーターで一緒になったし、選手では英智(ひでのり)を見かけたりした。Aは井端選手と大浴場で一緒だったと言っていた。余談だがこの日「日本シリーズ」第4戦で阪神がロッテに負けて、今年のシリーズも終了。来年は是非、我がドラゴンズに頑張ってほしいと思った。
  夜は近くのステーキハウスで食事。なぜか前日のスナックの女の子2人が一緒。誰が誘ったのかは内緒ということで、、、、(私ではない)。その後は車で北谷に行き、以前の日記でも紹介した歌手の2人組“ティンクティンク”のライブを見た。勇気君もOさんも沖縄の音楽を感じてくれたようだった。勇気君はCDも買われていた。
  その後はまたまた中の町で飲んだ。また夜中には近くのそば屋で沖縄そばを食べた。まさに沖縄三昧の一日であった。

〈10月27日(木)〉
  勇気君とOさんはこの日でお別れ。午前中の飛行機で帰っていった。私とAは一日海にいた。この日は快晴で日差しも強く水も冷たくなかったから、海はお客さんで賑わっていた。私もかなり泳いだし、ビスケット(ジェットスキーに引っ張ってもらって沖まで行くアクティビティ)をやったりして今年最後の海?を楽しんだ。
  そして夜は早めの夕食後、Aに協力してもらって、ちょっとした人探しをした。車で何カ所か行って、人づてに聞いてまわったりした。結果はなんとか探し人に会えた。半分以上あきらめていただけに、個人的には“感動の再会”だった。以前と変わっていないその人に嬉しかった私である。

〈10月28日(金)〉
  午前中にチェックアウトして昼の便で帰名。つかの間の休日は終わった。

〈10月30日(日)〉
  この日は「天皇賞・秋」。私の本命ゼンノロブロイは2着で連対を死守してくれたのだが、1着馬ヘヴンリーロマンスがなくて敗戦。しかし勝負は前週の「菊花賞」で終わっている訳だから、私も難解なここは当然勝負せず見送り。Q2や携帯予想でも「難解」「勝負レースではない」というニュアンスは伝わったと思う。まあ夏のツアーで話した“強力サイン”の1つが該当していたロブロイの複勝なら大金勝負しても良かったが、それほどあくせくすることもない。しっかり連対してくれたロブロイを見届けたことで、次回もこのサインが出るのを待てば良い。勝った松永幹夫騎手が馬上からヘルメットを取って、観戦にいらした天皇陛下に一礼。結果はともかく良いレースだった。
  またこの日は私にはもう一つ大切な試合あり。セリエAのACミラン対ユベントス戦がそれ。私のミランが宿敵ユーベ(ユベントスの愛称)に3-1で快勝!ミラニスタ(ミランのサポーター)として最高の試合だった。

〈10月31日(月)〉
  ディープインパクトの次走が「有馬記念」と発表された。私の予想どおり。「絶対に『ジャパンカップ』のはず」と言っていたTよ、またしても君の思い込みは間違っていたな、、、、と言ってやりたい。これでディープが「有馬記念」に勝てば、史上初の“無敗のグランプリホース”となり、部分的にシンボリルドルフを超えたように見えるかもしれないが、「じゃあ、もしルドルフのように『菊花賞』から中1週で『ジャパンカップ』に出走していたら勝てたのか!」と言われれば答えは霧の中。どちらとも言えず、それで良いのである。ルドルフとディープ、どちらが強いか。それは各自の心の中で。私の心は言うまでもない。7対3で、、、、、。いややめておこう。
  夕方医者に行き、インフルエンザの予防接種1回目を打ってきた月曜日だった。

〈11月1日(火)〉
  この日は夕方からナゴヤドームで行われた「QUEEN」のコンサートに行った。私はファンではなくそれほど曲も知らないのだが、AがQUEEN大好きで私の分もチケットを買ってきたので付き合った。内容はやはり一時代を築いたアーティストは違うなと思ったほど。アンコールの最後の「ウイ・アー・ザ・チャンピオン」まで20数曲を堪能した。行ってよかった。

〈11月3日(木・祝)〉
  この日は地方競馬の“JBCシリーズ”が初めて名古屋で行われた。私は午前中に着いたのだが、名古屋競馬場始まって以来の人、人、人、、、。大混雑だった。ただでさえ狭い競馬場だから空間が少ない。GⅠレースのある日の中央の競馬場よりも混雑を感じるのではないか、というほどだった。
  午後になりTとWT君を先頭に大阪のMさん、埼玉のS君、豊田のSさん等「The Whos Who」のメンバーも合流。私はJBCの前の第9レース「ゴールドウイング賞」の枠連2400円を取って、気を良くして第10レース「JBCスプリント」に挑んだが敗戦。ただここはTが単勝を、またWT君が枠連の万馬券を取っていた。
  続く第11レース「JBCクラシック」が最終レース。結果から言えば私は1着したタイムパラドックスの単勝610円、枠連1-4の1920円、枠単4-1の4030円、馬単4-1の3880円を取り、さらに3着したレイナワルツの複勝1970円まで持っていたから一応は快勝。しかし実は悔いの残るレースだった。それについては次号の『競馬ゴールド』で書こうと思うのでここではふれないが、残念、無念。何度も口に出していたから、埼玉のS君に「先生、よほど悔しいのですね。」と言われてしまったくらいである。そのS君は1番の複勝と枠連を取り快勝。Tはなんとスプリントに続いてここでも単勝1点買いで仕留めて大喜び。とにかくほとんどのメンバーがこのレースを的中し、皆がトータルプラスで競馬場をあとにしたのだから、このメンバーはやはりレベルが高い。夜は名古屋駅近くで打ち上げ。愛知のMさんと「The Whos Who」代表のAさんも合流して楽しく食事した。その後も残ったメンバーで英国風バーに行き雑談。競馬以外の話題でも盛り上がったりした。印象に残った「名古屋JBC」の夜であった。

 とここで今回は終了のつもりだったが、訃報が入った。11月6日、歌手の本田美奈子さんが亡くなった。38歳、信じられない。大学時代から彼女の曲はよく聴いた。世間一般的には「1986年のマリリン」「孤独なハリケーン」等が有名だが、私の好きな曲は「the Cross(愛の十字架)」。アイドル時代ではこれが一番。他に「涙をFO(フェードアウト)して」や「HARD TO SAY “I LOVE YOU”」も好きだった。
  そして最高の1曲は、彼女が既にアイドルを卒業してミュージカルなどをやり始めていた平成6年に出したアルバム「ジャンクション」の中の「つばさ」。誰になんと言われようとこれが彼女の最高の1曲である。多くの人に“天使のような子”と言われた彼女を象徴するような曲。私も平成6年は個人的に辛かった年だから、よくこの曲を聴いて励まされたものである。今夜は久しぶりに彼女のアルバムを聴こう。その歌声は永遠である。安らかに眠ってほしいとは言わない。美奈子さん、天国で歌い続けてください。合掌。