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【2005.3.1 サヨナラ3着と“セカチュウ”】

 早いものでもう3月である。競馬界は騎手、調教師の年度替わりの時期で、3月から新人騎手が登場する。しかしそれに対して2月末で去っていく人もいるわけで、その2月最終週に辞めていく騎手や調教師を狙ういわゆる“サヨナラ爆弾”の話を前にもこの日記で書いたことがあるし、もう10年以上も私は言い続けてきた。しかし今年は2月末で辞めていく佐伯清久騎手、加藤和宏騎手は最終週に騎乗しなかった。当然、サヨナラ爆弾もなし。調教師になる加藤和宏はよいとしても、騎手を辞めてなんと革製品を作る職人になるという佐伯騎手には、なんとかラスト騎乗を飾ってほしかったので残念だった。彼には第2の人生を頑張ってほしいと思う。それにしても今年のように辞めていく騎手が少なく、1人も最終週に騎乗しなかった年はこの21年間で初めてである。

しかし実は私はこの事態を少なからず予想していた。というのも最近、中堅以下の騎手が辞めていくとき、年度末の2月を待たずに中途半端な時期に騎手を廃業して、少しずつ辞めていたからだ。昨年で言えば、藤井正輝騎手、亀山泰延騎手、藤原英幸騎手らがなぜか12月の中旬に突然辞めていったりした。その頃から私は、「来年2月は騎手のサヨナラ爆弾は無しかも。」と思っていたのである。これは“サイン読み”ではないが“先読み”と言えるだろう。そんな訳でもう今後は以前のように騎手の最終週の“サヨナラ爆弾”はやってくれないのかもしれない。まさか私が毎年言い続けてきたことが原因ではないだろうが、残念なことだ。あまり恵まれない騎手生活をおくった人が最後の騎乗で力いっぱい馬を追うのを見ること、そして来ても来なくてもその馬券を買ってあげることが私の楽しみの一つであったのだが、これも時代の流れかもしれない。

また調教師は2月末で3人が辞めた。関東の新関力師、関西の松永善晴、坪正直両師である。この3人についても私は2月26日版のダイヤルQ2で「サヨナラ爆弾はもう無いかもしれません。坪師はラスト2日間に出走はありません。また新関師は1月の『ガーネットS』で管理馬のエンゲルグレーセが2着して3連単200万といういかにも師らしい結果を残した以上、あれがサヨナラ爆弾であった可能性が高いです。松永師は土日で2頭出走しますがさてどうでしょうか。今年は騎手もそうですが、例年のようなサヨナラ爆弾は無いのかもしれません。」と言った。実際そのとおりで、坪師は出走なしであったし、新関師は2月26日の土曜日は4頭、翌27日の日曜は2頭出走させたが結果はすべて5着以下。私の予言どおりだった。ただ松永善師だけはひとひねりあった。師は土曜の阪神4レースと日曜の阪神1レースに1頭ずつで最終週は2頭送り出した。そして結果はどうだったか。なんと2頭共に3着。土曜の4レース障害は1番人気で3着。複勝130円。まあこれは良いとして、日曜の1レースの未勝利戦のリバーキセキも3着だったことである。これは3番人気だったが複勝はなんと330円!なぜ3番人気でそれほどついたかといえば、断然1番人気の単勝1.2倍の馬が惨敗したからで、これは3番人気といっても単勝16.8倍だったから複勝330円はおかしくないのである。しかし私が言いたいのはそんなことではない。松永善師の最後の2頭が共に3着で辞めていく。ここに感じるものがあったということ。ここまでいえばおわかりだろうか。そう松永善師の調教師としての最高の管理馬はナイスネイチャなのだ。そしてナイスネイチャと言えば“3着”の代名詞。平成3年から5年の『有馬記念』の3年連続3着だけでなく、『マイルCS』も3着。『毎日王冠』も2年連続3着。『阪神大賞典』も3着。相手が強くても弱くても3着。その3着専門馬を管理していた松永善師のラストが3着、3着。こんな偶然があるだろうか。競馬の神様の“いきなはからい”ではなかったか。これはそれなりのサヨナラ爆弾であったと思う。このことで馬券は買わなかったが今年も印象に残る2月最終週の競馬であった。

さて話題を変えて、私は競馬の終わった夕方、家の近くのレンタルビデオ屋が1本95円のレンタルキャンペーンをやっていたので行ってきた。あれこれ考えて3本借りたがその中の1本は昨年夏に見逃した大ヒット作『世界の中心で、愛をさけぶ』にした。日本中でブームとなった通称“セカチュウ”である。これを昨日家で観た。私は原作の単行本をブームになる前に読んでいたから、どうしてもそれと比べてしまうので、ストーリーの違いや、登場人物の違いに少し違和感はあったが、それ以外は良くできていたと思う。やはりこのストーリーのポイントはアキがすべてである。それをその辺の可愛いだけの頭の悪そうなアイドル的女優ではなく、長澤まさみを選んだことがまず正解。そしてその長澤が最高に演じてみせている。これだけで映画化は成功だったと思う。あとは高校生のサクの森山君と大人のサクの大沢たかおがそれぞに演じて良くまとまっている。原作にない柴咲コウの役も“もう1つのセカチュウ”だと思えば良かったといえる。なにより柴咲コウは原作の書評のコメントでこの本の大ヒットに大きく貢献したはずだから、そのご褒美をあげてよかったのだと思う。とにかくアキが良かった。原作で感動して映画化でがっかりということもよくあるが、そうならなくて原作のファンとして嬉しい。

この“セカチュウ”については原作の本も、この映画も「最高に感動した」という人が多く、私もその一人なのだが、たまに「どこが良いのかわからない」「別に感動しなかった」という人がいることも事実。私も数人その無感動派の人達を知っている。とりわけ現実的なストーリーを好む人やホラー好き、またいつも結構“冷めている人”に多い気がする。別に感性や考え方は自由だから、それが良いとか悪いとかの問題ではない。それを承知であえていえば、私は今後も“セカチュウ”に感動する人間であり続けたいし、“セカチュウ”に感動できる人と深く付き合っていきたいと思う。おおげさな話になってしまったが、最近少なくなってしまった分野である“純愛”をいつまでも好きな私なのである。
  映画の中で長澤まさみが言う原作にはないセリフがある。「好きな映画、『小さな恋のメロディ』『ローマの休日』『ベン・ハー』」。アキの好みは私と同じで良かったと思うのである。